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イラン情勢:エネルギー供給混乱の影響

世界のエネルギー供給における混乱は短期間にとどまるとの基本シナリオは引き続き有効で、株式市場の変動は現状大きいものの、最終的に落ち着くとみている。近年の地政学的ショックが市場に与えた影響も、多くの場合同様の傾向だったが、重要な相違点もある。

何が起きたか?

米国とイランの軍事衝突が当初の想定よりも長期化する可能性が高まっているとの懸念から、3日の世界の株式市場は下落した。ただし、その後、米国がホルムズ海峡を通過する船舶に対して保険を提供し、護衛するとの報道を受け、米国取引時間中には一部持ち直した。

サウジアラビアの首都リヤドの米国大使館が無人機(ドローン)による攻撃を受け、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイにある米国総領事館近くの駐車場にもドローンが着弾した。米国務省はバーレーン、イラク、ヨルダンに駐在する一部職員に対し、退避を命じた。ミサイルやドローンによる攻撃はイスラエルのテルアビブも標的としており、湾岸諸国が継続的な攻撃に耐えられる程の防空兵器を備蓄しているのかについて疑問が高まった。

エネルギーに関しては、主要なバンカリング(燃料補給)拠点であるUAEのフジャイラ港の石油貯蔵施設がドローン攻撃を受け、船舶の燃料補給が遅延した。イラクは貯蔵能力が限られていることから、国内の2カ所の大規模油田で生産削減を開始した。

3日のS&P500種株価指数は、取引時間中に一時2.5%安まで下落した後、0.9%安で取引を終えた。原油や天然ガス価格の急騰を背景に、エネルギー関連株は相対的に堅調だった。欧州では主要株価指数が3-4%下落した。アジア市場も下落し、日経平均株価は3.1%安、祝日明けに取引が再開された韓国の総合株価指数(KOSPI)は7.2%下落した。

戦闘の激化により、ホルムズ海峡を経由したエネルギー供給の安全性に対する懸念が高まっている。イラン当局は、同海峡を通過しようとする船舶を標的にすると警告している。過去24時間に同海峡を通過したタンカーは2隻にとどまり、通常の30-35隻から大きく減少した。これに対しトランプ米大統領は、同海峡を通過する船舶に対して米国が保険を提供し、必要に応じて護衛を行うと発表した。

ブレント原油価格は2日に7.8%上昇したが、更に5%上昇し、本稿執筆時点で1バレル当たり約82米ドルで取引されている。カタールがイランによる攻撃を受け液化天然ガス(LNG)の生産を停止したことで、欧州の天然ガス先物価格は2日間で70%超上昇した。米国の暖房用燃料油や欧州のガスオイル(ディーゼル燃料)価格も大幅に上昇し、いずれも約10%上昇した。

エネルギー価格の上昇により、投資家がインフレ見通し、中央銀行の政策の方向性、エネルギーコスト上昇に伴う財政負担の可能性を再評価した結果、世界的に国債利回りは上昇したが、取引時間の後半には一部巻き戻した。金価格は、中央銀行の政策に対する懸念、米ドル高、投資家の流動性確保の動きに押され、3.8%下落した。米ドル指数は0.7%上昇し、米国株の予想変動率を示すVIX指数は2025年11月以来の高水準に達した。

CIOでは引き続き状況を注視しているが、世界のエネルギー供給における混乱は短期間にとどまるとの基本シナリオは引き続き有効だと考えており、株式市場の変動は現状大きいものの、最終的に落ち着くとみている。近年発生した地政学的ショックが市場に与えた影響も、多くの場合同様の傾向だった。

2022年の欧州天然ガス価格急騰との類似点と相違点は?

カタールのLNG生産停止により、欧州の天然ガス価格は、イランへの最初の攻撃直前である2月27日の水準から約80%上昇し、1メガワット時当たり約57ユーロに達した。

こうした状況は、ロシアのウクライナ侵攻を受けた2022年の欧州の天然ガス価格急騰と類似していると考えられる。カタールは世界第2位のLNG生産国であり、世界のLNG輸入量の約20%を占めている。LNG供給の途絶は天然ガス価格に大きな影響を及ぼす可能性がある。

ただし重要な相違点もあり、現時点の価格上昇は、2022年に比べれば緩やかである。当時、欧州の天然ガス価格は2週間で10倍となり、ピーク時には1メガワット時当たり343ユーロに達した。

一因として、欧州におけるカタール産天然ガスへの依存度が比較的低いことが考えられる。ウクライナ侵攻前の2021年時点では、欧州連合(EU)の天然ガス総輸入の約40%がロシアからであり、ロシアからのパイプラインガスはEUの天然ガス消費の約35-40%を占めていた。対して、欧州がカタールから輸入するLNGは全体の約10%にとどまる。ただし、一部の国では依存度が高く、例えばイタリアでは全体の約33%を占める。

アジアを中心に、カタール産LNGへの依存度が更に高い国もある。船舶追跡データによると、インドやバングラデシュは、LNG輸入の半分超をカタールに依存している。こうした依存度の高さによって、入手可能なLNGを巡る争奪戦が世界的に激化し、本来欧州向けとなる米国産LNGがアジア市場に振り向けられ、結果として価格が高騰する恐れがある。2022年にはこの現象が逆の形で起きていた。欧州が入手可能なLNGをアジアよりも高値で買い付けたことで、アジアの輸入国はLNGのスポット価格上昇と供給確保のための競争に直面した。

2022年の天然ガス価格急騰には、EUが導入した規則も拍車をかけた。この規則は、天然ガスの備蓄水準に最低要件を設け、加盟国に対して2022年11月1日までに貯蔵施設の容量の80%以上の備蓄を義務付けるというものだった。すでに供給が制約されている市場での買い付けを強いられたことにより、天然ガス価格は上昇した。この規則は存続しており、90%の充填が求められているものの(一部で柔軟運用)、市場で既に織り込まれた既知の規制である。

インフレへの影響も2022年とは異なると考える。今回は価格上昇幅が比較的小さいとみられることに加え、2022年の天然ガス価格上昇は、パンデミック後のエネルギー価格高騰も重なったことで物価への影響が拡大した。対して現在の供給混乱は、ディスインフレ局面で発生している。

エネルギー価格の混乱が6カ月続いた場合、米国、欧州、アジアの消費者への影響はどの程度か?

CIOでは今後6カ月間について、2つのシナリオに基づき経済的影響を試算した。第1のシナリオでは、原油価格が1バレル当たり90米ドルまで上昇した後、長期平均である70米ドルに戻り、天然ガス価格は戦闘開始前の平均より30%高い水準まで上昇した後、昨年の水準に戻ると想定している。第2のシナリオでは、原油価格が120米ドルまで上昇し、天然ガス価格はウクライナ侵攻時と同水準の250%の上昇となり、その水準が継続すると想定している。

第1シナリオでは米国の個人消費成長率が約40-50ベーシスポイント(bp)低下し、第2シナリオでは最大で100bp低下する。米国の個人消費は2027年にかけてほぼ回復する見通しである。中国、日本、ユーロ圏への影響は米国の概ね半分程度であるが、2027年にかけての回復は米国より緩慢になるとみている。

主な波及経路は、エネルギー価格の上昇が家計の支出余力を圧迫することである。第1シナリオでは、米国のインフレ率は2026年に60bp押し上げられ、2027年には完全に反転すると見込まれる。第2シナリオでは、2026年に約150bp押し上げられ、2027年にはほぼ反転すると考えられる。その他の地域のインフレへの影響も概ね同様になると予想するが、2027年にかけてもやや粘着性が高くなるとみている。

米国の個人消費成長率の変動が他地域より大きくなるのは、エネルギー価格に対する消費の感応度が高いと仮定しているためである。米国では税負担が低いことから、価格上昇が消費者価格により直接的に反映されやすい。

なお、Bloombergによると、中東からアジアへ原油を輸送するタンカーの運賃は、先週のほぼ4倍となり、1日当たり約50万米ドルという過去最高水準に達している。ただし、航空・海上輸送費や保険料の上昇が輸入価格に与える影響は、一般的に小さい。経済協力開発機構(OECD)のデータによると、国際輸送・保険費用(ITIC)が製品の輸入価格に占める割合は4-8%にすぎない。更に、輸入価格は消費者価格全体の一部にとどまり、輸入品自体も消費者物価指数(CPI)全体のごく一部である。したがって、輸送コスト上昇がインフレ全体に与える影響は限定的であると考えられる。

中東地域の資産の見通しはどうか?

軍事衝突の開始により、中東・北アフリカ(MENA)地域の株式市場には地政学的リスクプレミアムが上乗せされ、国債および社債のスプレッドも拡大した。特にハイイールド債や不動産セクターで動きが顕著であった。

戦闘拡大は限定的で、エネルギーおよび貿易路の混乱が短期間にとどまるという基本シナリオでは、地政学的緊張が緩和し、政策対応がファンダメンタルズを下支えすることで、中東債券が紛争の収束後に安定するという過去のパターンが再現されると見込まれる。テクニカル面も良好であり、高クオリティな国債・社債に対する底堅い国内需要が続いている。バランスシートが健全で、政府支援の恩恵を受ける発行体が、相対的に良好なパフォーマンスを示す可能性が高い。

一方、戦闘が長期化、あるいは更に激化するという悲観シナリオでは、中東のハイイールド債が最も大きな影響を受け、スプレッドの一段の拡大や流動性ストレスに直面する可能性がある。ファンダメンタルズの弱い脆弱な国および企業は、大幅にアンダーパフォームし、資本流出に見舞われる恐れがある。リスク管理の観点から、一定の政府関与がある、または地域の社会経済的安定に直結する高クオリティ債に注目している。健全な財政を有する政府による政策介入は、潜在的な下支え要因となり得る。

グローバル投資家にとっては、中東地域の資産の弱含みがもたらす直接的な影響は限定的と考えられる。MENA株式はMSCI新興国指数全体の約5%を占めるにすぎず、グローバル投資家の同地域へのエクスポージャーも相対的に小さい。更に、これらの市場は原油価格の上昇および米ドル高と正の相関を持つため、短期的な投資家心理の悪化による影響の一部は相殺される可能性がある。

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本稿は、UBS Switzerland AGが作成した“CIO Alert: Iran conflict, latest developments”(2026年3月3日付)を翻訳・編集した日本語版として2026年3月4日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
Mark Haefele

最高投資責任者
UBS Global Wealth Management

Mark Haefele

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プリンストン大学で学士号、ハーバード大学で修士号と博士号を取得。フルブライト奨学生として、オーストラリア国立大学で修士号を取得。ソニック・キャピタルの共同創立者および共同ファンドマネジャー、マトリックス・キャピタル・マネジメントのマネージング・ディレクターを務め、チーフ・インベストメント・オフィスが設立された2011年に、インベストメント・ヘッドとしてUBSに入社。

ハーバード大学にて講師および学部長代理を歴任。市場動向ならびにポートフォリオ管理に関するハフェルの見解は、CNBC、Bloombergをはじめグローバルなメディアで定期的に取り上げられている。

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