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米・EUが関税合意、貿易摩擦緩和へ前進
米国と欧州連合(EU)は27日、米国がEUから輸入する大半の品目について、関税率を15%とすることで合意した。市場ではこの動きにより、貿易戦争は最悪期を脱したという見方が強まるだろう。
2025.07.28
何が起きたか?
米国と欧州連合(EU)は27日、米国がEUから輸入する大半の品目について、関税率を15%とすることで合意した。米国政府は、8月1日までに合意が成立しない場合、EUに30%の関税を課すと通告していたが、その半分に引き下げられた形だ。市場ではこの動きにより、貿易戦争は最悪期を脱したという見方が強まるだろう。
合意には、EUが米国からエネルギーを7,500億米ドル分購入すること、追加で米国に6,000億米ドルを投資すること、さらに大量の米国製軍事装備品を購入することが盛り込まれた。エネルギーの購入および米国への投資を実行する仕組みや、通商拡大法232条に基づいた品目別の関税賦課が検討されている医薬品等の扱いなど、詳細は不明点が多いものの、今回の合意は米国とEU双方、そして投資家にとっての短期的なプラス材料として受け止められると考える。
香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポストが27日、米国と中国が関税の猶予期間をさらに3カ月延長する見通しであると報じたことも、市場はポジティブに受け止めるとみている。
どう考えるか?
S&P500種株価指数は、米国の関税政策への懸念が特に高まっていた4月に安値をつけた後、約30%上昇している。これは、米国が主要な貿易相手国と合意に達するという市場の見方が広がっていることの表れだ。英国、日本、インドネシアとの関税交渉における合意や、中国との間の相互関税の上乗せ分の一時停止、AI半導体規制の緩和などがこの見方を後押ししている。最近のデータも米国経済の底堅さを示しており、主要テクノロジー企業によるAI設備投資の拡大継続も市場心理を支えている。
米国とEUの関税交渉は、EU内の見解の相違や、交渉の複雑化につながる多くの課題があることに加え、ここ数カ月の間、双方が強硬な姿勢を見せていたことから、特に難航すると考えられていた。そのため、今回の合意は貿易摩擦緩和への大きな前進と受け止められ、市場での目先の反応も前向きなものになると考える。
一方で、直近数週間の大幅な株価上昇は多くの好材料をすでに織り込んでいると考えており、今後数週間は市場のボラティリティ(変動率)上昇に備えることを勧める。米国とEUの貿易交渉に対する不透明感が後退することで、市場は安心感を得るとみているが、それでも米国による関税率は、4月上旬の「解放の日」の関税発表前の約6倍である。こうした関税の経済的影響は現在進行形で波及しているとみられ、その規模や範囲、さらにどのような二次的影響が出るのかは依然として不透明である。今後数日から数週間は、雇用統計、インフレ関連指標、小売売上高などのデータに関心が集まるだろう。
通商拡大法232条に基づく品目別関税も引き続き議論されている。こうした関税が国別の合意内容とどのように関連するかは不透明だが、経済的影響は国別関税を上回る可能性もある。トランプ政権が国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づいて発動した国別の相互関税を、米国の裁判所が最終的に違法と判断した場合、品目別関税の重要性は一層高まるだろう。トランプ政権が既に合意に至った貿易協定を再検討し、関税を交渉の手段として引き続き利用する可能性も排除できない。
その他、29-30日に予定されている米連邦公開市場委員会(FOMC)での政策金利の発表や、関税の影響に関するコメント、企業の4‐6月期(第2四半期)決算結果やAI設備投資計画の発表、さらに中国との貿易交渉の詳細にも注目が集まるだろう。
投資戦略
ボラティリティに備える:今後12カ月は、関税に対する不透明感の後退に支えられ、相場は上昇すると考える。一方、直近の力強い上昇と好材料の織り込みを踏まえると、短期的には相場の変動が予想される。すでに指標となる戦略的資産配分に沿って株式投資を行っている投資家は短期のボラティリティに備え、株式の保有比率が低い投資家は今後数週間の相場下落局面における追加投資の機会に備えることを勧める。
変革的イノベーションに投資する:AI、電力と電源、ロンジェビティ(健康長寿)といった構造的な成長を捉える投資テーマは、今後数年にわたり魅力的なリターンをもたらすと予想している。ボラティリティの上昇はこれらの変革的なイノベーションをもたらす分野に投資する好機となるだろう。AI分野では、インフラストラクチャー、半導体、アプリケーション関連銘柄への分散投資で、AIの普及加速と収益化の恩恵を享受できる。電力と電源は電力需要の急増から引き続き恩恵を受けるとみている。ロンジェビティ分野は、人口動態の変化やヘルスケア、メドテック、ウェルネス分野の急速なイノベーションが追い風となる。
クオリティの高い債券に投資する:投資適格債は、利回りが依然として相対的に高いことから、魅力的なリスク・リターン(リスクに見合ったリターン)が見込まれる。ハイイールド債やシニアローンは、クレジットスプレッドがタイトであることから、リスク・リターンは現時点において相対的には魅力に欠ける。また、長期債の価格変動リスクを考慮し、中期債(5-7年)を引き続き推奨する。
政治リスクを乗り越える:金(gold)は、地政学的・政治的不確実性(FRBの独立性に対する懸念を含む)に対する有効なヘッジになると考える。我々は金価格の年末の予想値を1オンス当たり3,500米ドルで維持する。ただし、リスクが高まれば、これを上回る可能性もある。
通貨の分散を図る:米国の財政・経常赤字の大きさや、海外投資家による米ドルのエクスポージャー見直しの流れを踏まえ、年末にかけて米ドルは弱含むと予想する。米国の高金利環境下では米ドルの為替ヘッジコストが高いことからも、投資家は負債の返済や支出計画を考慮して通貨配分を見直し、過度な米ドル保有分を他通貨へ分散させることを検討できる。

最高投資責任者
UBS Global Wealth Management
Mark Haefele
さらに詳しく
プリンストン大学で学士号、ハーバード大学で修士号と博士号を取得。フルブライト奨学生として、オーストラリア国立大学で修士号を取得。ソニック・キャピタルの共同創立者および共同ファンドマネジャー、マトリックス・キャピタル・マネジメントのマネージング・ディレクターを務め、チーフ・インベストメント・オフィスが設立された2011年に、インベストメント・ヘッドとしてUBSに入社。
ハーバード大学にて講師および学部長代理を歴任。市場動向ならびにポートフォリオ管理に関するハフェルの見解は、CNBC、Bloombergをはじめグローバルなメディアで定期的に取り上げられている。