CIO Alert

トランプ関税、強硬姿勢で試される市場

トランプ米大統領は12日、欧州連合(EU)とメキシコからの輸入品に30%の関税を課すと発表した。米国政府が4月2日に発表した相互関税の上乗せ分に対する90日間の猶予が9日に期限を迎えるのに合わせて、貿易摩擦が激化している。

何が起きたか?

トランプ米大統領は12日、欧州連合(EU)とメキシコからの輸入品に30%の関税を課すと発表した。米国政府が4月2日に発表した相互関税の上乗せ分に対する90日間の猶予が9日に期限を迎えるのに合わせて、貿易摩擦が激化している。さらなる譲歩がない限り、8月1日から新たな関税率を適用すると通告する書簡が14カ国に送られたのを皮切りに、1週間を通じて貿易に関する米国の強硬姿勢を示す発表が相次いだ。米国政府は、銅の輸入に50%、医薬品の輸入に最大200%の関税を課す方針も示している。

関税に対する米国政府の姿勢は強気だが、現時点で投資家の楽観的な見方を揺るがすまでには至っていない。S&P500種株価指数は10日に過去最高値を更新し、翌11日に0.3%下落したものの、貿易への懸念が高まり4月8日に記録した年初来安値から25.7%高い水準にある。こうした反応は、4月2日の相互関税発表後の1週間で、米国株が12%下落したこととは対照的である。

今後の見通し

我々は引き続き、米国の実効関税率が年末までに約15%で落ち着く可能性が高いと考える。国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づいて関税を発動することは、連邦最高裁判所で違法と判断される公算が大きいとみており、その時期は早くて年内、遅ければ来年初めになるだろう。関税の壁は、国別および製品別の関税など、他の手段で再構築することができるが、範囲は狭まると考える。

では、最近の出来事はこの見解とどのように合致するのだろうか。米国の経済指標が堅調で、株価も過去最高値まで上昇したことが、トランプ大統領にとっては、二国間の貿易交渉で相手国への圧力を強める理由になったものと考える。総合的に見て、現在提案されている関税が実際に発動されれば、米国の実効関税率は4月2日の水準付近あるいはそれ以上まで上昇するだろう。

米国政府が8月1日に前述の通り関税を適用し、その水準を維持した場合、米国企業の利益低下と米国の景気後退の可能性が高まると考える。ベッセント米財務長官は、大型減税法案「1つの大きく美しい法案」が可決されたことを受け、財政赤字が今後数年間は対国内総生産(GDP)比約7%で推移すると予測しており、経済活動を停滞させるリスクのある水準まで関税を引き上げないことの重要性を理解している。したがって、我々は、米国政府は今回通知した関税引き上げを、交渉力を最大化するために利用しており、特に債券と株式市場のボラティリティ(変動率)が再び高まった場合には、最終的に態度を軟化させるとみている。

EUについては、我々の基本シナリオでは、EUと米国の両者が8月1日までに合意に達するか、交渉が継続されている間に米国政府が期限を再び延長する可能性が高いと考えている。しかし、トランプ大統領が「米国に対して関税を課さずに、完全かつ自由な市場アクセスを認めること」を要求したことは、EUの対応を予測することを困難にしている。EUと米国の貿易摩擦が激化し、それによって両経済がダメージを受けるリスクは無視できない。

その場合、欧州では外需の低迷と企業の景況感、投資、雇用のさらなる低下が経済活動を圧迫するため、年後半の経済成長率はマイナスに転じる可能性もある。このシナリオでは、欧州中央銀行(ECB)が6月に発表した経済見通しに基づき、現在予想されているよりも利下げ幅が拡大し、政策金利は今後数カ月で1%に向けて低下する可能性がある。

メキシコについては、トランプ大統領は新たな関税率を通告する書簡の中で、メキシコによる国境警備の最近の進展を認めたが、麻薬カルテルの取り締まりと既存の貿易障壁に関してはさらなる対応が必要だと強調した。詳細はまだ明らかになっていないが、30%の関税は米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に準拠していない、ごく少数の品目に適用される見通しであるため、メキシコが報復措置をとるなど、貿易摩擦が激化するリスクは低いと考える。今後予定されているUSMCAの見直し交渉がますます重要となるだろう。我々は、米国が交渉でより多くの要求を突きつけたとしても、USMCAは維持されると予想する。

投資見解

トランプ大統領の対立的な交渉戦術は変わらず、相場変動リスクの要因となっている。また、相場が大幅に下落しない限り、強気姿勢は後退しない可能性もある。こうした不確実な状況下で、ポートフォリオの耐性を高めるために、以下のアプローチが挙げられる。

段階的に株式に投資する:S&P500種株価指数の上昇は、政策の明確化と米連邦準備理事会(FRB)の利下げ再開が2026年の市場上昇を後押しするまで、限定的だと考える。短期的なリスクを管理する方法のーつは、株式への段階的な投資であり、ボラティリティの高まりを利用して徐々にエクスポージャーを構築することだ。米国のテクノロジー、ヘルスケア、金融、アジアの一部のテクノロジーセクター(台湾、インド、中国)、欧州の高クオリティ株やテーマ株は、いずれも魅力的な成長見通しを示している。こうしたセクターに対し、成長トレンドに乗り遅れることなく投資することで、利益を享受することが可能になる。

政治リスクを乗り越える:金(gold)は、政策の不確実性に対するヘッジ手段となってきた。米ドル建てポートフォリオに金を5%程度組み入れることで、政治リスクとインフレに対する分散とヘッジが可能になると考える。選別的にヘッジファンドにも投資することで、ポートフォリオの耐性を高め、ボラティリティを活用して、ポートフォリオ全体のリターンの安定化を図ることができる。

長期的な機会に投資する:イノベーションは、長期的な株式パフォーマンスの大きな原動力であり、継続的な市場の牽引役が持つ重要な特徴である。AI、エネルギーインフラ、ヘルスケアにおける構造的な変化によって、世界的に利益の源泉が拡大し、産業の在り方そのものが変わりつつある。我々の投資テーマ「変革的イノベーションへの投資機会(TRIO)」であるAI、電力と電源、ロンジェビティ(健康長寿)の3分野は、短期的な市場のボラティリティを乗り越えて継続する長期的な成長機会を提供すると考える。

通貨の分散を図る:米ドルの「安全通貨」としての役割に疑問符がついている。米国の政策決定が不確実な中で、投資家は既に米ドル資産への過剰なエクスポージャーを見直し始めている。短期的な不確実性の高まりは、米ドルに対してスイス・フランのような安全通貨やコモディティを下支えするだろう。また、ユーロは米国経済と米ドルへの懸念が反映されやすい主要通貨となっている。短期的な市場の反応を判断するのは難しいが、米国の経済成長鈍化とFRBの利下げ余地の見通しは、米ドル安要因だ。

全文PDFダウンロード
本稿は、UBS Switzerland AGが作成した“CIO Alert: Trump tests market optimism over trade” (2025年7月13日付)を翻訳・編集した日本語版として2025年7月14日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
Mark Haefele

最高投資責任者
UBS Global Wealth Management

Mark Haefele

さらに詳しく

プリンストン大学で学士号、ハーバード大学で修士号と博士号を取得。フルブライト奨学生として、オーストラリア国立大学で修士号を取得。ソニック・キャピタルの共同創立者および共同ファンドマネジャー、マトリックス・キャピタル・マネジメントのマネージング・ディレクターを務め、チーフ・インベストメント・オフィスが設立された2011年に、インベストメント・ヘッドとしてUBSに入社。

ハーバード大学にて講師および学部長代理を歴任。市場動向ならびにポートフォリオ管理に関するハフェルの見解は、CNBC、Bloombergをはじめグローバルなメディアで定期的に取り上げられている。

最新CIOレポート

UBSのウェブサイトに遷移します。

(3秒後に自動で遷移します)

×

三井住友信託銀行のウェブサイトに遷移します。

(3秒後に自動で遷移します)

×