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イスラエルがイラン攻撃開始、3つのシナリオ

イスラエルが13日、イランの核施設、軍事施設、軍幹部を標的に攻撃を行ったことを受け、中東での紛争拡大のリスクが高まった。報道を受けて原油価格が急騰し、ブレント原油価格は供給懸念から前日比8.8%高の1バレル当たり75.5米ドルまで上昇した。

何が起きたか?

イスラエルが13日、イランの核施設、軍事施設、軍幹部を標的に攻撃を行ったことを受け、中東での紛争拡大のリスクが高まった。イスラエル当局は、イランが数日で複数の核爆弾を製造できるだけの材料を保有していると主張し、今回の攻撃はイランの核兵器開発を阻止するための先制攻撃だと説明した。

イスラエルによるイラン攻撃の報道を受けて原油価格が急騰し、ブレント原油価格は供給懸念から前日比8.8%高の1バレル当たり75.5米ドルまで上昇した。金(gold)価格も0.9%高の1オンス当たり3,415米ドル近辺まで上昇した。アジア株式市場は小幅下落し、日経平均株価は0.9%安で取引を終えた。本稿執筆時点でストックス欧州600指数は0.9%安、S&P500種株価指数先物は1.1%安となっている。米ドル、日本円、スイス・フランなどの安全通貨は上昇した。

イランの最高指導者ハメネイ師は今回の攻撃を非難した。イスラエルは報復を見越して非常事態を宣言し、さらなる攻撃を示唆した。一方、ルビオ米国務長官は、今回の攻撃はイスラエルが単独で行ったものであり、米国は関与していないと述べた。トランプ米大統領はこの攻撃を受け、イランに対し米国との核合意を早急に締結するよう呼びかけた。

どう考えるか?

イスラエルによるイランへの攻撃は、イランの核開発計画を抑制するための米国主導の交渉が行き詰まり、中東地域の緊張が大幅に高まったことを示している。両国の間では昨年にも攻撃の応酬があったが、その後紛争の拡大にはつながらなかった。しかし今回は、緊張の高まりがより広範囲な地域紛争に拡大するリスクを評価する上で、イランの報復攻撃やイスラエルの追加攻撃の規模、そして米国がどの程度関与するかが重要な要素となる。

こうした先行き不透明な状況により、短期的には市場のボラティリティ(変動率)が高まる可能性が高い。ホルムズ海峡は世界のエネルギー供給の大動脈であり、毎日2,000万バレル以上の原油がここを通過している。原油価格の急騰は、供給減への市場参加者の不安を示すものだ。イランと米国がイスラエルの攻撃にどのように反応するかが明確になるまでは、原油価格にリスク・プレミアムが織り込まれる可能性が高い。供給に混乱が生じなければ、原油価格は再び下落するだろう。

以下に想定される3つのシナリオを示し、それらが世界経済と金融市場にどのような影響を与えるか説明する。状況が流動的なため、これらのシナリオがすべての事態を網羅しているわけではないことに留意いただきたい。

シナリオ1: 紛争は概ねイスラエル・イラン間にとどまる

このシナリオでは、今後数日から数週間にわたり、イスラエルとイランの間でさらなる攻撃の応酬が続き、イスラエルの同盟国がイランのミサイルやドローン(無人機)攻撃の脅威の抑え込みを支援すると想定する。

しかし、中東地域全体のエネルギー・インフラへの被害は殆どなく、海上輸送路も途絶えず、イランの原油生産が減少しても、中東地域の他の場所での増産により補われると考える。イランの核開発計画について再び協議が行われ、市場の注目は程なくして貿易政策や経済成長・インフレの動向に戻るだろう。原油価格の上昇は一時的なものとなり、世界のインフレ動向に大きな影響を与えることはないとみられる。リスク資産は目先でさらに下落する可能性があるが、紛争が拡大しないことが明確になれば、間もなく反発するだろう。これは、米国の景気は減速するものの、景気後退には陥らないとする我々の基本シナリオと一致する。

このシナリオの実現確率を示すことは現時点では困難だが、過去の事例をみると、地政学的イベントが株式市場に与える影響は短期間で収まる傾向がある。過去の11の主な地政学的イベント(第1次湾岸戦争からロシア・ウクライナ戦争まで)の際には、発生から1週間後のS&P500種株価指数は平均で0.3%の下落にとどまり、12カ月後には平均で7.7%上昇している。

シナリオ2: エネルギー供給の混乱が長期化する

世界経済の見通しに最も悪影響を及ぼすシナリオは、中東地域からのエネルギー供給の混乱が長期化することだろう。例えば、イランのエネルギー・インフラが標的にされることや、イランが中東地域内の米国資産やペルシャ湾岸地域のエネルギー・インフラを対象に報復攻撃を行うことなどが想定される。イランによる報復攻撃が引き金となり、米国がイランを攻撃する可能性もある。

米国は中東地域の防衛能力を強化しているが、ドローン技術と戦術の進歩により、すべての被害を回避することは不可能とみられ、ホルムズ海峡を通る海上輸送が長期間影響を受ける恐れもある。こうしたシナリオでは、エネルギーの供給不足により、原油価格が1バレル当たり90米ドル以上に押し上げられる可能性が高く、米国の貿易政策によるインフレ懸念がさらに高まるだろう。

エネルギー供給の混乱がどの程度続くかによって、最終的な影響は大きく異なるが、世界の経済活動は打撃を受けるだろう。経済協力開発機構(OECD)加盟国が戦略的石油備蓄の放出を決定した場合、原油価格はさらに大きく変動する可能性がある。各国の中央銀行は、エネルギー価格上昇がもたらす中期的なインフレと、景気減速によるインフレ鈍化のバランスをとった政策運営が必要であり、難しい立場に置かれるだろう。

株式市場は、投資家が不確実性の高まりと景気見通しの悪化を織り込む中で急落する可能性が高い。金やスイス・フランなどの安全資産や高格付債は堅調に推移するとみられる。高格付債に関しては、インフレが鎮静化している国が発行する国債にとりわけ妙味があるだろう。

シナリオ3 : 急速な状況悪化から、素早い回復へ

このシナリオでは、米国も巻き込んで紛争が急速に拡大することを想定し、米国とイスラエルがイランの核施設や軍事施設に対して共同で攻撃を行う可能性がある。エネルギー供給が一時的に混乱し、ペルシャ湾岸地域のエネルギー・インフラが一部損傷し、イランが軍事的に敗北することも予想される。

リスク資産は13日の攻撃直後よりも大きく売られるとみられ、エネルギー供給に混乱が生じ始めていると報じられた場合には特にその可能性が高い。しかし、イランの軍事能力が急速に低下することで、中東地域からのエネルギー供給の回復に注目が集まる可能性が高く、リスク資産はその後、地域の原油供給と貿易に対するリスクの低下によって急速に安心感を取り戻すとみている。

投資戦略

イスラエルとイランの紛争の激化は、市場のボラティリティの再燃リスクをもたらす。しかし、過去の事例から、攻撃が小規模で、世界のエネルギー供給に混乱が生じない場合、市場の注目がマクロ経済と政策のファンダメンタルズに戻るにつれて、市場への影響は比較的早く消えると考えられる。投資家にとって重要なのは、長期的な目標を維持し、相場変動を利用して適切なリスク・ポジションの構築またはリバランスをすることだ。

政治リスクを乗り越える: イスラエルの攻撃に対する金価格の反応は、長期的なポートフォリオの分散手段としての役割を裏付けるものだ。攻撃前の時点でー部の地政学的リスク・プレミアムはすでに織り込まれており、投機的なポジションは比較的少ないようだが、状況が悪化すれば、金価格は更に上昇する可能性がある。

我々は引き続き、金が地政学的リスクに対する極めて有効なヘッジ手段であると考える。米国の政策の不確実性は、安全通貨としての米ドルのパフォーマンスを弱めている。これは米国の財政懸念から、長期米国債にもある程度当てはまる。地政学的要因に加えて、実質金利の低下と米ドル安が金価格を引き続き支えるだろう。我々は、金価格の年末予想を1オンス当たり3,500米ドルに据え置き、状況が悪化した場合にはこの水準を超える可能性も排除しない。この場合、3,800米ドルへの上昇を見込んでいる。

段階的に株式に投資する: 2025年の株式は好調なパフォーマンスを示しており、貿易政策や経済成長に関する多くの好材料はすでに価格に織り込まれているようだ。現時点では、イスラエルのイランへの攻撃は株式市場のセンチメントに大きな影響を与えていない。しかし、短期的なボラティリティの上昇局面は、投資家がグローバル株式またはバランス型ポートフォリオへの投資を徐々に増やす機会となるだろう。我々は、テクノロジーやヘルスケアなどの米国のー部のセクター、中国のテクノロジー・セクター、インド株および台湾株、欧州の高クオリティ株、そして投資テーマ「欧州投資の6つの方法」に注目する。

通貨の分散を図る: 今回の攻撃後、米ドルは僅かな上昇にとどまっている。米ドル以外の通貨への分散投資が進んでおり、米国の財政懸念が高まっていることから、米ドルの短期的な反発は持続しないと考える。投資家に対しては、余剰な米ドルの一部をユーロ、英ポンド、豪ドルなどの他通貨に分散することを勧める。

持続的なインカムを追求する: 地政学的リスクが高まる局面では、ー部の投資家はキャッシュの保有を考えるだろう。しかし我々は、キャッシュの代替として国債に投資することで、魅力的な利回りを確保し、ポートフォリオの耐性を維持することができると考える。我々は引き続き、高格付債と投資適格債を推奨する。主要市場における、これらの高クオリティ債の利回りは依然として魅力的であり、世界的な利下げサイクルが続く中、投資家の資金流入がさらに増加すると予想する。また、ポートフォリオのリスク管理の観点からも魅力的である。

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本稿は、UBS Switzerland AGが作成した“CIO Alert: Israel launches strike against Iran” (2025年6月13日付)を翻訳・編集した日本語版として2025年6月16日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
Mark Haefele

最高投資責任者
UBS Global Wealth Management

Mark Haefele

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プリンストン大学で学士号、ハーバード大学で修士号と博士号を取得。フルブライト奨学生として、オーストラリア国立大学で修士号を取得。ソニック・キャピタルの共同創立者および共同ファンドマネジャー、マトリックス・キャピタル・マネジメントのマネージング・ディレクターを務め、チーフ・インベストメント・オフィスが設立された2011年に、インベストメント・ヘッドとしてUBSに入社。

ハーバード大学にて講師および学部長代理を歴任。市場動向ならびにポートフォリオ管理に関するハフェルの見解は、CNBC、Bloombergをはじめグローバルなメディアで定期的に取り上げられている。

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