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米中関税引き下げ合意、米国株を中立に引き下げ

米国と中国は貿易協議を継続しつつ、相互に関税を引き下げることで合意し、米国株式は上昇した。我々は米国株式の投資判断を中立に引き下げ、投資家には米国株式への長期的な配分を十分に維持することを勧める。

何が起きたか?

米国と中国は貿易協議を継続しつつ、相互に関税を115%引き下げ、その内24%を90日間停止し、残りは撤廃することで合意した。この報道を受けて、S&P500種株価指数は12日に3.3%上昇し、テクノロジー株の比率が高いナスダック総合指数も4.4%上昇した。今回の合意で、米国は中国への関税を累計145%から30%に引き下げ、中国は米国への関税を125%から10%に引き下げる。ロイターが伝えた中国の業界筋の話によると、12日の貿易協議の合意を受け、レアアースの米国向け輸出に対する制限は一部緩和される可能性があるが、全面的な解除は考えにくいという。

ベッセント米財務長官は、米中のいずれもデカップリング(分断)を望んでいないと述べ、世界の2大経済大国の間で貿易摩擦が再燃するのを防ぐために、継続的な協議の枠組みを構築することを強調した。10~11日にはスイスで協議が行われ、米国政府は「大きな進展があった」と報告していた。

一方、トランプ政権による関税に対しては、今週から米国の裁判所での審理も始まり、関税の引き下げに向けた別の道筋が示される可能性がある。その他の動きとして、ウクライナのゼレンスキー大統領は、15日にトルコでロシアのプーチン大統領と会談する可能性があり、ロシア・ウクライナ戦争の停戦に向けた動きも加速している。

貿易協議をめぐる楽観論が相場を押し上げた一方、12日には医薬品株が注目された。トランプ大統領が、同日に米国の処方薬の価格を他の先進国の最低価格に合わせる「最恵国待遇薬価」という制度を導入する大統領令に署名したためだ。トランプ大統領は自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」で、価格を全体として59%引き下げる計画だと投稿した。投資家がこの政策の実現可能性を探る中、大手医薬品会社の株価はまちまちの動きとなった。

米国株式の上昇に加え、ユーロ・ストックス50指数は1.6%、香港ハンセン指数は3%、中国CSI300指数は1.2%上昇した。貿易をめぐる不確実性の中、安全資産への需要に支えられていた金(gold)は、1オンス当たり3,241米ドルと3.1%下落した。

米ドル指数は12日に1.4%上昇し、米国資産を安全資産として再び信頼する動きが示された。一方、米国債は、10年債利回りが9ベーシスポイント(bp)上昇し、リスク資産への転換が示唆された。

どう考えるか?

米中による関税引き下げ発表は、関税率の低下を予想した我々の基本シナリオと一致している。関税措置に対する法的な異議申し立てが増え、大統領の支持率が低下していることから、関税は徐々にではあるが大幅に引き下げられている。

トランプ政権の関税に対する今後の裁判所の審理は、このプロセスを加速させることが予想される。13日に予定されている国際緊急経済権限法(IEEPA)の前例のない使用に関する米国際貿易裁判所の審理は、関税の合法性を判断する上で重要な役割を果たす可能性がある。結果がどうなるかは不透明だが、審理の行方は注視する必要があり、今後数カ月の関税引き下げの重要な要因となるだろう。

2024年の輸入量に基づくと、米国への輸入品に対する実効関税率は、現在の約25%から年末までに15~20%に近づくとみている。この見解は、対中関税の引き下げが継続され、30~40%程度で落ち着き、中国以外の国や地域に対する相互関税が年末までに10~15%程度で落ち着くという前提に基づいている。

関税が今回引き下げられた水準にとどまった場合、米国経済への影響は、付加価値税(VAT)が2%引き上げられた場合と同程度になると予想される。短期的には経済成長が鈍化し、物価が上昇することが予想されるが、本格的な景気後退を引き起こすことはないだろう。

貿易協議の進展に加え、ロシアとウクライナの30日間の停戦を求める欧州諸国の首脳による圧力の高まりも、市場センチメントを押し上げた可能性がある。我々の基本シナリオでは、年内に停戦合意が成立すると想定しているが、ウクライナに提供される安全保障は比較的弱いものになると予想している。欧州株式は、我々の投資テーマ「欧州投資の6つの方法」で述べているように、欧州の防衛費の増加と、ドイツの新政権の財政刺激策によって下支えされるだろう。

12日に発表された薬価引き下げの大統領令は、ここ数週間医薬品セクターの重しとなっていた米国の薬価問題に関して短期的には一定の安心感をもたらすだろう。大統領令では、最恵国待遇薬価の適用に向けた具体的な道筋が示されなかったためだ。最恵国待遇薬価は今後も同セクターに逆風となる可能性があるが、以下の要因から、その影響は限定的と考える。まず、第1次トランプ政権時に発令された類似の大統領令は裁判所で差し止められたため、今回も法的な異議申し立てが行われる可能性が高い。また、薬価の大幅な変更には立法措置が必要だが、共和党指導部は、現在進行中の複雑な予算調整プロセスに最恵国待遇薬価を盛り込まないことを決定したと報じられている。さらに、インフレ抑制法(IRA)の薬価引き下げ交渉の枠組みで、最恵国待遇薬価を「価格目標」として組み込む可能性もあるが、価格の引き下げは段階的なものとなり、影響は限定されるだろう。しかし、政策内容が明確になるまでは、医薬品セクターにとって重しになるとみられ、今後数週間、同セクターのボラティリティは高止まりすると予想する。

投資方針

米国株式をNeutral(中立)に引き下げる。4月10日に米国株式をAttractive(魅力度が高い)に引き上げたが、これは貿易摩擦に対する過度な懸念が市場に織り込まれていると判断したためだ。その後、貿易摩擦の緩和に向けた進展を受けて懸念が後退し、S&P500種株価指数は11%上昇した。S&P500種株価指数は現在、トランプ大統領が相互関税を発表した4月2日の水準を上回っており、株式のリスク・リターン(リスクに見合ったリターン)はよりバランスが取れていると考える。

今回の米中間の関税引き下げで、ひとまず安心感が広がったが、不確実性は依然として高く、投資家はこの暫定的な合意が持続的なものに発展するかどうかに焦点を移すだろう。米中双方の前向きな姿勢は、さらなる交渉の意思があることを示唆しているが、最終合意に至るまでには難航が予想され、断続的なボラティリティを引き起こす可能性がある。

このため、投資家の過度な悲観ムードを機会と捉えAttractiveに引き上げていた米国株式をNeutralに引き下げる。これは弱気の見方ではなく、株式の売却を推奨するものでもないことに留意されたい。投資家には米国株式への長期的な配分を十分に維持することを勧める。12カ月の投資期間では、株価は現在の水準を上回ると考える。

米国株式のセクター推奨は維持し、コミュニケーション・サービス、情報技術(IT)、ヘルスケア、公益事業をAttractiveと評価する。ヘルスケアについては、関税と薬価に対する懸念から医薬品株が最近売られているが、トランプ大統領の政策が法的な問題に直面する可能性が高いことを考慮すると、現在のバリュエーションから見て売られ過ぎだと考える。ヘルスケア・セクターの他の分野は、薬価に関する大統領令の影響を受けず、関税の影響も限定的だと考える。

今回の合意で決まった関税引き下げのペースと規模は、市場の予想を上回った。関税がこの水準で維持されるか、さらに引き下げられれば、MSCI中国指数構成企業の通年の利益成長率予想(現在は+5.5%)は上振れる可能性がある。特に我々の推奨するテクノロジー銘柄は引き続きアウトパフォームすると考える。中国株式では、引き続きグロース株とテクノロジー株を推奨し、投資家には選別したインターネット銘柄とEVのリーダー銘柄へのエクスポージャーを高めることを勧める。

90日間の猶予期間以降を見据えると、今回の株価上昇が持続するかどうかは、米中の交渉担当者が持続性のある最終合意に至るか、また、外部リスクが緩和される中で中国政府がどのように景気刺激策を推進するかという2つの重要な要因にかかっている。

より広範な投資戦略として、今年の株価下落局面で投資を控えていた投資家、または短期的なリスクを取って長期的なリターンを狙う投資家には、以下の戦略を勧める。

段階的に株式に投資する。段階的に投資することは、タイミングを計ることへのリスクを回避し、今後数カ月の不確実性に対処しながら、中長期的な上昇に備える効果的な方法だと考える。損失を抑える戦略も、短期的な下落リスクを管理する方法の1つとなる。

・変革的イノベーションに投資する(TRIO)人工知能(AI)、電力と電源、ロンジェビティ(健康長寿)といった、変革的イノベーションへの投資機会(TRIO)に関するテーマに対し、我々は引き続き長期的な強いポテンシャルを見出している。ロンジェビティの投資テーマは、健康長寿の進展からリターンを狙う長期投資家にとっての投資機会だ。トランプ大統領が一部の処方薬の価格上限を設けることに成功すれば、短期的にはこのテーマに含まれる一部の医薬品株に影響が及ぶ可能性があるが、寿命が延び、高齢者人口が増加する中で、構造的なドライバーは変わらないと考える。また、グローバルな医薬品メーカーが生産コストや研究開発コストの削減を迫られることで、中国の医薬品セクターが恩恵を受ける可能性がある。

・売られ過ぎの銘柄を見つける。最近のボラティリティの高まりにより、一部の個別銘柄と市場の両方で魅力的な投資機会が生まれている。長期的な見通しが良好な企業のバリュエーションが、魅力的な水準に低下している。我々は米国において、クオリティが高く、ビジネスモデルが堅固で、長期的に投資妙味があると考えられる20の企業を特定した。欧州では、投資テーマ「欧州投資の6つの方法」で、市場のボラティリティの恩恵を受けるディフェンシブ銘柄に加え、欧州の防衛支出の増加や財政拡大が追い風となる銘柄に焦点を当てている。

・通貨の分散を図る。12日の米ドルは上昇し、ユーロ/米ドルは1.4%下落して1.11となった。ユーロ/米ドルは今年に入って1.02から1.14まで上昇していたが、我々の予想通り貿易交渉の進展から米ドルは下落が落ち着いた。しかし、米国経済の減速と財政赤字の拡大が注目される中、米ドルに対する懸念の再来や米国リスクに備える観点から、短期的な米ドルの上昇局面を利用して、ユーロ、英ポンド、豪ドルなどの通貨への分散投資を勧める。

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本稿は、UBS Switzerland AGが作成した“CIO Alert - US equities rally on US-China love: Downgrading US to Neutral” (2025年5月12日付)を翻訳・編集した日本語版として2025年5月13日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
Mark Haefele

最高投資責任者
UBS Global Wealth Management

Mark Haefele

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プリンストン大学で学士号、ハーバード大学で修士号と博士号を取得。フルブライト奨学生として、オーストラリア国立大学で修士号を取得。ソニック・キャピタルの共同創立者および共同ファンドマネジャー、マトリックス・キャピタル・マネジメントのマネージング・ディレクターを務め、チーフ・インベストメント・オフィスが設立された2011年に、インベストメント・ヘッドとしてUBSに入社。

ハーバード大学にて講師および学部長代理を歴任。市場動向ならびにポートフォリオ管理に関するハフェルの見解は、CNBC、Bloombergをはじめグローバルなメディアで定期的に取り上げられている。

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