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貿易戦争:ボラティリティを乗り越える

トランプ米大統領が他国からの輸入品に対する大幅な関税引き上げを発表して以降、世界の株式市場は2営業日で10%超下落した。これは、2営業日の下落率としては過去50年間で4番目の大きさである。

何が起きたか?

トランプ米大統領が他国からの輸入品に対する大幅な関税引き上げを発表して以降、世界の株式市場は2営業日で10%超下落した。これは、2営業日の下落率としては過去50年間で4番目の大きさである。

4日は、中国が米国からの輸入品に34%の追加関税を課す報復措置を発表したことで、前日に続いての下落相場となった。報復合戦が激化する懸念が高まり、欧州連合(EU)など他の主要貿易相手国が報復措置をとるリスクにも市場の関心が集まった形だ。

米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長が利下げへの慎重な姿勢を示唆したことも、下落の要因となった。パウエル議長は、「関税によって、インフレ率は少なくとも一時的に上昇する可能性が高いが、その影響が長引く可能性もある」と述べ、一時的な物価の上昇が継続的なインフレにつながらないよう対応する姿勢を強調した。

4日には、米国株の予想変動率を示すVIX指数が45まで急騰し、米国ハイイールド債のスプレッド(国債に対する上乗せ利回り)は約450ベーシスポイント(bp)まで拡大した。いずれも2020年以来の高水準である。米ドルの急激な上昇と金価格の下落も、流動性の低下、レバレッジの縮小、市場のストレス度合いの高まりを示している。

我々の見解

トランプ大統領の考えに関する投資家の見方は、今後数週間でさまざまに変化するだろう。これを反映して、市場ではボラティリティ(変動率)の高まった状態が続く可能性が高い。トランプ大統領の狙いが、高い関税をかけることによる迅速な交渉の成立か、関税の維持なのか、今後のさらなる関税引き上げなのか、あるいは景気を後退させることなのか、予測するのは困難だ。

我々の基本シナリオでは、関税は目先さらに引き上げられる可能性があるものの、法的、政治的さらには産業界からの圧力が高まり、米国政府と各国、および各業界との間で合意が成立するのに伴い、米国の実効関税率は7-9月期(第3四半期)から低下し始めるとみている。また、FRBは景気を下支えするため、2025年を通して75~100bpの利下げを行うと予想する。このシナリオでは、S&P500種株価指数は年末までに5,800まで回復すると考える。一方で、投資家は短期的な下落に備える必要がある。

トランプ政権の方針転換や、裁判所から関税の差し止め命令が出る可能性は排除できないが、短期的には、EUの報復措置、米国の対中報復措置、医薬品や半導体を関税の対象外とする措置の終了など、悪材料が続く可能性が高い。

さまざまな結果が予想されるため、過去の下落局面の経験則に基づいて考えるのが最善の方法だとみている。今回のような大幅な下落局面では、投資を続けた長期投資家が恩恵を受ける傾向がある。1945年以降、S&P500種株価指数がピークから20%下落した局面は12回あったが、その後1年のリターンは67%の確率でプラスとなり、平均リターンは12.9%だった。3年のリターンは91%の確率でプラスとなり、平均リターンは29.2%だった。

相場の転換点をもたらすカタリストとは何か?

短期的には、市場の信頼感が損なわれているため、我々の基本シナリオを裏付ける証拠が出てくるまで、持続的な相場上昇をもたらす転換点は見られないだろう。

関税実施の延期、関税差し止め命令、または「心変わり」

可能性は低いが、市場にとっての最大のカタリストは、トランプ政権が心変わりすることだ。これには、市場のボラティリティ上昇と経済の不確実性を受けた、4月9日に発動予定の相互関税の延期などが挙げられる。

関税の差し止めを命じる仮処分が裁判所から出されれば、市場はひとまず落ち着くだろう。しかし、米国の大手企業や法律事務所がトランプ政権にどの程度対抗する意思があるのかは不明だ。さらに、対抗措置は個別の製品やセクターレベルで行われる可能性が高く、成功したとしても全体的な影響は限定的だろう。

米国の実効関税率が10~15%に戻る兆候

ベトナムやカンボジアが関税交渉において、自国の関税を引き下げる用意があるとの報道は明るい材料だ。しかし、ベトナムとカンボジアの関税を「基準値」である10%に引き下げたとしても、米国の実効関税率は22%と、効果は限定的だ(4月2日の発表前は9%、現在は約25%)。

全体的により大きな変化をもたらすには、中国やEUとの交渉を成功させる必要がある。例えば、トランプ大統領がすべての国に対する関税を10%に引き下げ、特定の製品にのみ25%の関税を課す場合、米国の実効関税率は13%となる。

現時点ではむしろ、関税がどこまで上昇するかという懸念の方が、どこまで低下するかという期待よりも大きいようだ。中国による報復措置が米国のさらなる関税引き上げを誘発する可能性がある。EUも米国からの輸入品に20%程度の関税を課すと予想される。トランプ大統領が中国とEUに対する報復関税を倍増させ、さらに半導体と医薬品に25%の追加関税を課すと、米国の実効関税率は30%に上昇する。

FRBによる介入

FRBの政策転換は、2018年、2020年、2022年の相場の底入れ時に重要な役割を果たした。パウエル議長は講演で、景気後退懸念とインフレリスクのバランスを取る中で、利下げに慎重な姿勢を示したが、4日の市場のストレス度合いの高まりに対し、FRBは懸念を高めるだろう。

また、パウエル議長は関税によるインフレ率の上昇を懸念しているようだが、市場による長期の期待インフレ率は急低下している。これは、FRBの関心を経済成長の鈍化に向けやすくするサポート要因にもなり、市場が極端に悲観シナリオに傾く可能性も低減させるとみられるが、FRBによる介入だけでは、持続的な相場上昇は難しいだろう。

投資家はどうすべきか?

相場上昇の明確なカタリストがなく、不確実性が高まり、ボラティリティが高い時期に投資家が検討できる戦略は大きく3つある。

ボラティリティを管理する

金(gold)で政治リスクを乗り越える:金価格は4日に下落したが、これは驚くべきことではない。市場が極度のストレス下にある時、投資家は時に証拠金の支払いのために金を売却することがあるからだ。金価格の下落は、特に悲観シナリオにおいて、ポートフォリオの分散効果をもたらす金を購入する機会と考える。基本シナリオでは、金価格は年末までに1オンス当たり3,200米ドルまで上昇するとみている。

高クオリティ債で持続的なインカムを追求する:執筆時点の米10年国債利回りは4.0%と、我々の年末の予想値に近い水準にあるが、依然として高いトータルリターン獲得の可能性とポートフォリオの分散効果をもたらすだろう。悲観シナリオでは、米10年国債利回りは2.5%まで低下し、債券価格上昇により大きなキャピタルゲインをもたらす可能性がある。長期債に投資する投資家は、財政政策に関連するボラティリティに引き続き注意を払う必要がある。

資本保全戦略:株式では、ポートフォリオの上昇余地を維持しつつ潜在的な損失を抑える手段を検討することができる。

ヘッジファンドで分散を図る:マクロ経済の変化、セクターローテーション、地政学的変化に機動的に対応することができるヘッジファンド戦略(裁量マクロ、株式マーケット・ニュートラル、レラティブバリュー、マルチストラテジーなど)は、下落局面でポートフォリオの損失を抑えつつ、市場の歪みを利用することができる。マルチストラテジー戦略では、市場を上回る利益獲得を目指しつつ、ディフェンシブ性も兼ね備え、市場のボラティリティが短期的なパフォーマンスに与える影響を回避できると考える。同様に、マクロ戦略もボラティリティ上昇局面でプラスのリターンを上げると予想する。

ボラティリティを利用する

通貨はレンジで取引する:短期的には、ユーロ/米ドル、米ドル/スイス・フラン、英ポンド/米ドルなど、主要通貨ペアのレンジ取引で、現在の高い通貨ボラティリティを利用することができる。中期的には、米国の経済成長の弱さを受けて、FRBが予想よりも速いペースで利下げを実施すれば、米ドルの下落が進むだろう。

ボラティリティの先を見据える

株式

我々は、米国、欧州、中国を含む株式に対して、戦術的(6カ月程度)にNeutral(中立)のスタンスを維持する。しかし、歴史的に見て、市場がストレスを受けている時期は、短期的なボラティリティを乗り越えて投資を継続し、または新たに投資を行う分散投資家にとって、長期的なリターンを得る好機となってきた。過去の状況を参考に、様々な水準で何が織り込まれているかを理解することで、投資家はリスク・リターンを把握することができる。

株式市場の注目すべき水準は?:

4,915

S&P500種株価指数が高値から20%下落し、正式に弱気相場入りする水準。トランプ大統領への政治的圧力が強くなり、合意に向けた意欲が高まる可能性がある。1945年以降、S&P500種株価指数が高値から20%下落した12回の局面を分析すると、結果は以下の通りとなった。

  • 1年後のリターン:67%の確率でプラスのリターン。平均リターンは12.9%。
  • 3年後のリターン:91%の確率でプラスのリターン。平均リターンは29.2%。
  • 5年後のリターン:100%の確率でプラスのリターン。平均リターンは52.7%。

4,153

S&P500種株価指数が高値から32.4%下落した水準。これは、過去10回の米国の景気後退期(1958年以降)におけるS&P500種株価指数の平均下落率と同水準である。また、1945年以降の12回の弱気相場におけるS&P500種株価指数の下落率の中央値ともほぼ同水準である。過去の弱気相場では、S&P500種株価指数は弱気相場の底値から翌年にかけて平均42%上昇し、平均2年後には下落分を全て取り戻している。5年の投資期間では、S&P500種株価指数は弱気相場の底値から平均97%上昇している。

3,686

S&P500種株価指数が高値から40%下落した水準。これは、1958年以降の景気後退期のうち、最も下落率が大きかった4回の平均とほぼ同水準である。株価水準は2022年10月につけた底値に近い。株価収益率(PER)は1960年以降のトレンド水準である16倍を割り込むことになる。これはコロナ禍だった2020年3月と同等の低水準であり、過去30年の平均である20倍を大きく下回る。S&P500種株価指数は、コロナ禍の安値から12カ月で78%急騰した。

ハイイールド債

リスクの高い債券の押し目買いは時期尚早と考えるが、4日の債券市場の混乱により、スプレッド(執筆時点は約450bp)は魅力的な水準になっている。米国ハイイールド債のスプレッドは、これまでに500bpを超える水準が長期間続いたことはない。米国ハイイールド債の絶対利回りが多くの発行体で10%を超えると、財務状況の悪化が懸念され、FRBが利下げに踏み切る可能性があり、これが同資産クラスの潜在的なカタリストとなる可能性がある。現時点では、投資適格債への格上げが期待できる「ライジング・スター」候補と考えられるBB格発行体の債券、および劣後債やハイブリッド債への選別投資を勧める。

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本稿は、UBS AGが作成した“CIO Alert - Trade war: Navigating volatility” (2025年4月6日付)を翻訳・編集した日本語版として2025年4月7日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
Mark Haefele

最高投資責任者
UBS Global Wealth Management

Mark Haefele

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プリンストン大学で学士号、ハーバード大学で修士号と博士号を取得。フルブライト奨学生として、オーストラリア国立大学で修士号を取得。ソニック・キャピタルの共同創立者および共同ファンドマネジャー、マトリックス・キャピタル・マネジメントのマネージング・ディレクターを務め、チーフ・インベストメント・オフィスが設立された2011年に、インベストメント・ヘッドとしてUBSに入社。

ハーバード大学にて講師および学部長代理を歴任。市場動向ならびにポートフォリオ管理に関するハフェルの見解は、CNBC、Bloombergをはじめグローバルなメディアで定期的に取り上げられている。

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