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貿易戦争:CIOの最新見解

トランプ米大統領は4月2日、異例ともいえる大幅な米国経済政策の変更を発表した。短期的には、実効関税率はさらに上昇する可能性があると考える。トランプ大統領が今後6カ月の間に関税引き下げに向けた積極的な措置を講じない場合には、米国が景気後退入りを迎え、株式市場が下落する悲観シナリオが現実になるとみられる。

トランプ米大統領は4月2日、異例ともいえる大幅な米国経済政策の変更を発表した。これにより、米国の輸入品に対する実効関税率は、少なくとも過去100年で最も高い水準に達した。相互関税の発表を受け、株式は急落、債券と金(gold)の価格は上昇し、米ドルは主要通貨の大半に対して下落している。

短期的には、実効関税率はさらに上昇する可能性があると考える。トランプ大統領が今後6カ月の間に関税引き下げに向けた積極的な措置を講じない場合には、米国が景気後退入りを迎え、株式市場が下落する悲観シナリオが現実になるとみられる。強硬な政策が外交(イランおよびウクライナ・ロシア停戦交渉への「最大限の圧力」)や財政(国内の減税延長)にまで及ぶと、不確実性がさらに高まる可能性がある。

しかし、我々の基本シナリオでは、経済的、政治的、さらには産業界からの圧力が高まる中で、実効関税率は今後3~6カ月で徐々に低下するとみている。とはいえ、この間に米国と世界の経済成長は大幅に減速し、市場のボラティリティ(変動率)が高い状況も長引くことになるだろう。

我々はここ数カ月、ボラティリティの高まりに対する警戒を呼びかけ、株式エクスポージャーのヘッジとポートフォリオの分散を勧めてきた。しかし、今回発表された関税の規模は、我々にとっても、市場にとっても予想外の規模だった。企業の利益成長見通しの低下、関税をめぐる不確実性の継続、ボラティリティの高い状態が長期間続く可能性を考慮し、米国株式の投資判断をAttractive(魅力度が高い)からNeutral(中立)に、米国のテクノロジーセクター、人工知能(AI)関連銘柄、台湾株式をMost Attractive(最も魅力度が高い)からAttractiveに引き下げる。

不透明感が高まり、ボラティリティが上昇している時に、投資家はボラティリティを管理・利用する戦略や、ボラティリティの先を見据えた戦略をとることができる。具体的には、金、高クオリティ債、ヘッジファンド、およびAI・電力と資源・ロンジェビティ(健康長寿)に関連する銘柄、株式と通貨の利回り向上を重視した戦略などが検討できる。

経済成長、インフレ率、金利への影響は?

米国

4月2日に発表された関税措置を受け、米国の経済成長率は大幅に鈍化する見込みだ。我々の基本シナリオでは、米国の2025年の国内総生産(GDP)成長率は1%を下回ると予想する。年内に景気後退に陥る可能性もある。相互関税発表前の時点でも、3月の米サプライマネジメント協会(ISM)製造業景況感指数は3カ月ぶりに低下し、2月の個人消費支出は予想を下回る伸びにとどまっていた。米アトランタ連銀のGDP予測「GDPナウ」による2025年第1四半期のGDP成長率予想は、金の輸出入を調整した値で-0.8%となっている。

インフレ率については、トランプ政権がこれまでに発表した関税措置が、年末までに米国の消費者物価を2ポイント程度押し上げると予想する。これは、関税コストの消費者への転嫁が部分的なものにとどまることを前提としている。米連邦準備理事会(FRB)はインフレ率の上昇を注視する必要があるものの、経済成長の大幅な低下と労働市場の鈍化が予想されることから、FRBは2025年の残りの期間に75~100ベーシスポイント(bp)の利下げを行うとみている。

欧州

欧州の経済成長率も低下するとみているが、米国ほどではないと考える。関税が夏の終わりまで現行水準に据え置かれる場合には、撤回される場合と比較して、経済成長率は0.5~1%程度の低下を見込む。インフレ率については、欧州連合(EU)による報復関税で短期的には物価上昇圧力が高まるが、中期的には低下するだろう。経済成長の鈍化と相まって、欧州中央銀行(ECB)が6月までに、2%を下回る水準まで金利を引き下げる可能性は十分にある。

アジア

アジア全体の経済成長率は、2024年の5.1%程度から、2025年には4.0%を下回る水準にまで低下する可能性がある。貿易主導型の東アジア諸国、タイ、マレーシア、シンガポールが最も影響を受けやすいだろう。

アジアの経済成長率に関税が直接与える影響は0.5%を上回る可能性がある。さらに米国の経済成長率が1%低下するごとに、シンガポール、マレーシア、タイ、台湾、韓国など貿易主導型の国のGDPは2%程度低下する可能性もある。インド、インドネシア、フィリピンなど内需主導型の国では、1%の影響にとどまるだろう。

市場に対する見解

米国株式

米国株式の推奨をAttractiveからNeutralに引き下げる。我々の基本シナリオでは、年末までに米国株式市場は部分的に回復すると予想するが、S&P500種株価指数の2025年12月末の予想値を6,400から5,800に引き下げる。2025年の1株当たり利益(EPS)予想を265米ドルから250米ドルに、S&P500種の年末予想株価収益率(PER)を21.5倍から20.0倍に引き下げる。関税引き上げと経済成長率の低下は米国企業の利益を圧迫するだろう。さらに、不確実性の継続、経済指標の悪化、トランプ政権の景気下振れ容認の姿勢から、リスクプレミアムは高止まりする可能性が高い。

セクター別では、米国のテクノロジーセクターとAI関連株の推奨度をMost AttractiveからAttractiveに引き下げる。AI技術サイクルの長期的なファンダメンタルズは依然として健全だと考えるが、関税引き上げによる不確実性が短期から中期的に逆風となる可能性がある。

我々のAI投資のポートフォリオを構成するAI関連株の平均株価は、トランプ政権の関税引き上げ発表前の1週間で2.0%下落し、発表後の1日でさらに6.5%下落した。市場はすぐに関税引き上げを織り込んだと考えたくなるが、関税引き上げの影響を織り込むにはまだ時間がかかると考える。

第1に、今回の相互関税発表では半導体は対象外となったが、今後関税が賦課される可能性もある。第2に、2025年第1四半期の決算発表シーズンにおいて、大手テクノロジー企業でさえも主力事業の成長鈍化を考慮してAI設備投資に慎重になる可能性がある。第3に、経済の不確実性の高まりから、短期的にはテクノロジーセクターのPERの上昇余地は小さいとみられる。

米国の一般消費財セクターについても、AttractiveからNeutralに引き下げる。同セクターは関税引き上げ(輸入コストの上昇)の直接的な影響を受ける可能性は高いが、国内経済と労働市場の減速を背景に、関税コストを消費者に転嫁するのは容易ではない。

米国以外の株式

欧州株式についてはNeutralを維持するが、年末のユーロストックス50指数の予想値を5,700から5,200に引き下げる。これは、企業の利益成長見通しが弱く、不確実性が高まっていることを反映したものだ。欧州企業の業績回復の予想時期を後ろ倒しし、今年の利益成長率予想を5%から0%に引き下げる。市場へのエントリーの機会を模索しつつ、財政拡張の恩恵を受ける銘柄や中小型株など、銘柄の選別を勧める。

中国については、米国の関税措置による経済への悪影響と報復措置の可能性を考慮し、Neutralを維持する。アジアを重視する投資家には、今後数カ月のボラティリティの高まりを見据え、中国ではディフェンシブで高配当利回りを提供する一部の国有企業を勧める。魅力的な配当利回りは、ボラティリティの高い市場においてポートフォリオのリターンの安定化に寄与するだろう。

台湾は、構造的な成長見通しが魅力的であることから、アジアの推奨市場の一つであるが、見通しをMost AttractiveからAttractiveに引き下げた。米国の台湾への相互関税率は32%(半導体と医薬品を除くと24%)と高く、更に半導体への関税措置の可能性も排除できないことから、市場のボラティリティは続き、回復は遅れるだろう。台湾株式は年初来で約7~10%下落しており、一部のリスクはすでに織り込まれているが、更なる下落リスクは残っている。半導体への関税賦課の可能性、経済成長鈍化による設備投資の遅れや業績下方修正の可能性などが懸念材料だ。台湾政府が米国に早期に譲歩を示す可能性があるが、これは一時的な支援材料となっても、持続的な回復には時間がかかるだろう。

債券

我々は引き続き、高クオリティ債をAttractiveとする。コンセンサスの経済成長予想は今後数週間で低下する可能性が高く、これは高クオリティ債の支援材料となるだろう。しかし、我々の基本シナリオにおいて、高クオリティ債の魅力は絶対リターンの見通しよりも、ポートフォリオの分散効果にある。インフレ率も短期的に急上昇する可能性が高いため、債券市場はFRBの大幅な利下げサイクルを織り込むことに慎重になるだろう。

我々の基本シナリオでは、年末までに米10年国債利回りは4.0%に低下すると予想する。米国ハイイールド債のスプレッドは大幅に拡大しており、今後も米国の成長軌道への懸念に対し、スプレッドが拡大しやすい状況が続くだろう。短期的には、米国および世界経済の弱さが長期化する可能性を市場が織り込む中、米国ハイイールド債のスプレッドは400bpを上回る水準まで拡大する可能性がある(執筆時点の水準は342bp)。

通貨とコモディティ

米ドルは、今回の関税発表以降、大幅に下落している。関税は本来、米ドルにとってプラス材料であり、米ドルはリスクオフ局面で上昇する傾向もある。しかし、我々は、メキシコとカナダに対する関税が想定よりも低いことや、米国の経済成長率および金利に関するコンセンサス予想の他の地域よりも大幅な下方修正、政治的な不確実性による米ドル資産からの分散、そしてEUや中国からの報復措置の可能性を市場が織り込み始めていること等の要因により、こうした効果は打ち消されていると考える。

今後数カ月は、米ドルに対するプラス材料とマイナス材料が相殺し合い、米ドルは概ねレンジ内で推移すると予想する。成長見通しの下振れリスクが強まるとともに、FRBが予想よりも大幅な利下げを実施した場合には、米ドルは長期的に下落する可能性がある。

一方、金は現在1オンス当たり3,100米ドルを超えており、引き続き地政学リスクとインフレリスクに対するヘッジの役割を果たすと考える。基本シナリオでは、金価格が年末までに1オンス当たり3,200米ドルまで上昇するとみているが、関税が予想以上に長く維持される場合は、さらに上昇する可能性がある。

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本稿は、UBS AGが作成した“CIO Alert: Trade war: Our latest views” (2025年4月3日付)を翻訳・編集した日本語版として2025年4月4日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
Mark Haefele

最高投資責任者
UBS Global Wealth Management

Mark Haefele

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プリンストン大学で学士号、ハーバード大学で修士号と博士号を取得。フルブライト奨学生として、オーストラリア国立大学で修士号を取得。ソニック・キャピタルの共同創立者および共同ファンドマネジャー、マトリックス・キャピタル・マネジメントのマネージング・ディレクターを務め、チーフ・インベストメント・オフィスが設立された2011年に、インベストメント・ヘッドとしてUBSに入社。

ハーバード大学にて講師および学部長代理を歴任。市場動向ならびにポートフォリオ管理に関するハフェルの見解は、CNBC、Bloombergをはじめグローバルなメディアで定期的に取り上げられている。

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