アジアの年後半の見通し

節目となる時

今後6カ月は、アジア市場を方向づける世界的なイベントが毎月のように訪れる。それらの結果は2025年の見通しも方向づける。したがって、今後数カ月の間にポートフォリオを準備し、投資機会が訪れた時に迷わず行動に移すことが重要となる。

投資の世界では年前半、多くの節目を越えた。S&P500種株価指数が初めて5,000ポイントを突破し(年初来+15%)、欧州(+9%)とアジア(+10%)の株価も過去最高値に達した。さらに、米半導体大手の時価総額が初めて3兆米ドルに達し、上場企業として世界最大となった。

各国の金融政策も転換点を迎えた。3月にはスイス国立銀行が先陣を切って利下げを行い、その直後にスウェーデンのリクスバンク、カナダ銀行、欧州中央銀行(ECB)が相次いで利下げを実施した。アジアでは、日本が世界で最後となっていたマイナス金利政策を解除し、17年ぶりの利上げに踏み切った。一方、中国政府は、複数年にわたる不動産市況の悪化に歯止めをかけるため、ここ数年では最も強力な不動産支援策を発表した。

しかし、良いニュースばかりではない。米国ではインフレ率低下がスムーズに進まず、利下げ開始が後ずれし、国債利回りが押し上げられた。また、米国の選挙を前に、中国と西側諸国との貿易摩擦が激化しており、インフレ率と金利政策の道筋が今後さらに不透明になる恐れがある。

年後半には、今後の動向を決定づける重要イベントが続く。中国では、中長期の経済政策等を決定する中国共産党中央委員会第3回全体会議(三中全会)が開催される。米国では利下げ開始が予想されており、次期大統領を選出する選挙も行われる。これらは、アジアにも大きく影響を及ぼすが、株式にも高クオリティ債にも総じて良好な環境が訪れるとみており、年末までに1桁後半の上昇が見込まれる。

今後数カ月のアジア市場を方向づける世界的なイベントとしては、利下げ、AI投資の拡大、米国の選挙が挙げられる。また、地域的な観点からは、中国の長期的な構造改革、日本のマクロ経済やコーポレートガバナンス改革の次の段階への移行、そしてアジア新興国経済の成長率の変化も重要になってくる。今後6カ月は、ポジション構築の好機となる重要なイベントが毎月訪れる。

7月の注目イベントは、パリ五輪だけではない。5年に1度の中国共産党中央委員会第3回全体会議(三中全会)も開催される。三中全会は昨年の開催が見送られ、異例の遅れが指摘されていた。会議では、構造的不均衡の是正を目指す長期的な経済政策が打ち出される見通しだ。過去の三中全会では、1978年に鄧小平政権が初めて外国企業に経済を開放し(改革開放路線の開始)、1993年には江沢民政権下で赤字国有企業を閉鎖して社会主義市場経済体制への移行が確立されるなど、重大な経済政策が発表されてきた。今年は、地方政府の債務問題への対応、新興産業へのさらなる支援、不動産不況の終息に向けたより協調的な住宅在庫解消策などが盛り込まれるとみられる。

投資家にとっては、財政支出を伴う具体的な政策が最も重要となる。2015~2018年に3兆人民元をかけて行われた貧民街の再開発に匹敵するような政策が打ち出されれば、中国投資のゲームチェンジャーとなるだろう。だが、こうした長期的な経済改革だけでなく、追加の政策支援や、ファンダメンタルズ(基本的な経済の諸条件)の改善、そして企業業績の緩やかな改善によっても、中国株の短期的なバリュエーションは今後6カ月の間に再評価されると我々はみている。よって、中国株の投資判断を推奨に据え置く。中国株は年初来安値から約30%上昇して5月にピークを付けた後、8%の調整が入った。足元の水準は魅力的なエントリーポイントであり、グロース株(インターネット関連銘柄)とディフェンシブな高利回りセクター(国有企業の一部など)をバランスよく保有することを勧める。

AI関連の巨大テクノロジー株が米国株式の年初来15%の上昇に11.7ポイント寄与した。年前半のAIラリーは半導体株が主導したが、クラウド・プラットフォーム企業の売上高の伸びも加速しており、AI収益化のトレンドが表れていることから、年後半は株価上昇のすそ野が広がると我々はみている。8月に発表予定の4–6月期(第2四半期)決算が出揃えば、この見方が裏付けられるだろう。第2四半期のビッグテック(巨大IT企業群)の利益成長率は40%と予想する。

このすそ野の広がりは、特に韓国など出遅れている市場にとってプラス材料になる。韓国市場は、広帯域メモリの価格上昇や年間増益率65%という好業績が株価の押し上げ材料となるだろう。一方、中国の大手テクノロジー企業のバリュエーションは、巨額のAI投資や数年分の先端半導体の在庫があるにもかかわらず、依然としてChatGPT登場以前の水準で推移している。中国は、最終的には他国とは異なる独自のAIエコシステムを形成すると予想する。このため、他者に先んじて市場に参入する企業には、長期的な収益化の機会がある。

世界的に利下げ開始が相次ぐ中、9月には米連邦準備理事会(FRB)がいよいよ金融緩和サイクルに加わると予想する。インフレ率に関連する指標や求人件数、失業保険申請件数、製造業景況感指数、各種住宅関連指標など、最近の様々なデータが経済活動とインフレ圧力の鈍化を示唆している。市場の注目が「いつ」から「何回」利下げが行われるかに移る中、ソフトランディング(景気の軟着陸)により、来年もおよそ四半期に1回のペースで利下げが続くと予想する。

アジアの主要国(除く日本)はFRBに追随して第4四半期に利下げを1回実施すると予想する。これによりアジア域内の消費と成長は、トレンド水準に回復すると見込まれる。実質金利が最も高いインドネシアとフィリピンは、来年もFRBに合わせて利下げを行う余地があるだろう。しかし、アジアの金融政策は依然通貨の安定が鍵を握るため、中央銀行が時期尚早な予防的利下げを行う可能性は低い。加えて、FRBの利下げ開始がさらに後ずれすれば、アジアの利下げも同様に先送りされるだろう。

金利の低下により、高クオリティ債券のリターンが上昇に転じると見ている。アジアでは、特に米国の利下げの恩恵を受ける銘柄を選好する。例えば、米ドル建てインドネシア国債は、利下げにより金利コストが低下する。川下のコモディティ、精錬所、包装会社などは米ドル建ての投入コストを抑えることができる。インドの現地通貨建て債券も、国内の利下げ開始が米国よりも遅れることで金利差拡大のメリットを享受できる。株式については、金利の低下により、香港の不動産開発企業やシンガポールの不動産投資信託(REIT)が恩恵を受けるとみている。

米国が緩やかに利下げを進めれば、金の投資魅力が高まると同時に、アジア通貨の対米ドル相場も回復するだろう。しかし、このような段階的な金融緩和により、米ドルが一方的に下落基調を辿るとは考えにくい。一つには、トランプ氏の大統領選勝利の可能性と同氏のインフレ要因となる政策(貿易関税と財政支出の拡大)に対する短期的な反応として、FRBの利下げペースが減速し、米ドルが一時的に上昇する可能性がある。このような場合、金は地政学リスク、インフレリスク、財政赤字リスクに対する効果的なヘッジ手段としても機能する。

10月は、アジアのさらなる成長が見込まれる第4四半期の始まりである。この成長加速には複数の異なる要因が影響すると考えられる。インド、インドネシア、そしてフィリピンでは、建設やインフラ投資が上向く兆しが既に見え始めている。台湾と韓国では、世界の需要増加により輸出と製造業生産が一層拡大するとみられる。さらに、消費の回復により、アジア全体で軽工業と一般消費財セクターの伸びも期待できる。

ポジション構築にあたっては、インドの大型株が中期的に下支えされると見込まれる。「モディ3.0(第3次モディ政権)」始動による比較的安定した政権運営、強い経済成長、健全な企業のファンダメンタルズ、海外投資家の資金流入改善などがその原動力となる。一方、インドネシア、インド、フィリピンの銀行は、年後半に予想されているFRBの利下げによる恩恵を受けるだろう。過去10年の実績を分析した結果、これらの国の銀行は、米国10年国債の金利が、1) 横ばい、2) 5~20ベーシスポイント(bp)低下、3) 20bp以上低下、の状態になると、月間でそれぞれ+0.8/+0.9/+1.1ポイントずつ、アジア(除く日本)全体の銀行業界をアウトパフォームしていることがわかった。

10月は、日本が、年前半に長期に亘ったマイナス金利政策を解除したのに続き、次の利上げを実施する時期としても有力視される。年後半には実質消費の回復が見込まれ、また、コーポレートガバナンス改革の第2段階も進行中であり、さらにはハイテク・サプライチェーンを同盟国や友好国に再構築する「フレンド・ショアリング」も進んでいる。これらを踏まえると、年後半には、この2年間で世界一の株価パフォーマンスを誇った日本株のストーリーが、再び勢いを増すと期待される。

その結果、米国大統領選の不透明感が払拭されれば、日本株は2024年末から2025年上期にかけてS&P500種株価指数を若干アウトパフォームすると予想する。投資リターンのさらなる向上を目指すには、大手銀行株、出遅れの景気循環株、高配当銘柄などが特に魅力的である。一方、日本国債の利回りが徐々に上昇し、FRBが金融緩和を開始すれば、円は対米ドルで緩やかに回復するだろう。

アジアにとっても、米国の選挙結果は域内の景気回復の進捗と政策反応に影響を及ぼす。バイデン氏の2期目続投となれば、アジアの成長率は概ね現状を維持し、輸出の減少により0.2%程度の軽微な低下が見込まれる。一方、トランプ氏復活によるレッド・スウィープとなれば、関税ショックにより、アジアの来年の経済成長率は一時的に最大1%程度の鈍化が予想される。このシナリオでは、アジアが、米国の利回り上昇と関税の打撃に伴う通貨安に見舞われるリスクもある。最も影響を受けやすいのはタイ・バーツと韓国ウォンだ。業種別では中国のテクノロジー・ハードウェアや家電メーカーが関税の打撃を最も強く受けるだろう。ただし、このシナリオでは、関税導入当初はすべての中国株が一定の影響を受けると予想する。

「トランプ風の」政策は破壊的ではあるが、保護主義が広がる世界においてサプライチェーンの再構築を促す新たな材料となる。こうした政策は、アジア新興国の一部において、既に堅調なインフラ主導の成長をさらに加速させるだろう。地域化が進むことで、特定のサプライチェーンは、より容易に特定の関税を回避できるようになる。さらに海外直接投資(FDI)がインドやインドネシア、フィリピンなどの国内インフラ主導の経済国に流入するに伴い、中国以外のアジア諸国の資本財銘柄の一部がその恩恵を受けるとみている。

このように年後半には利下げが行われ、次期米国大統領が選出され、AI投資が拡大し、アジアの経済大国に重要なカタリストがもたらされるだろう。それらの結果は2025年の見通しも方向づける。したがって、今後数カ月の間にポートフォリオを準備し、投資機会が訪れた時に迷わず行動に移すことが重要となる。

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本稿はUBS AG Singapore Branch、UBS AG Hong Kong Branch、UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社、UBS Switzerland AGが作成した“Asia Mid-Year Outlook: Defining moments - Investing in Asia Pacific”(2024年6月20日付)を翻訳・編集した日本語版として2024年7月9日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
Mark Haefele

最高投資責任者
UBS Global Wealth Management

Mark Haefele

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プリンストン大学で学士号、ハーバード大学で修士号と博士号を取得。フルブライト奨学生として、オーストラリア国立大学で修士号を取得。ソニック・キャピタルの共同創立者および共同ファンドマネジャー、マトリックス・キャピタル・マネジメントのマネージング・ディレクターを務め、チーフ・インベストメント・オフィスが設立された2011年に、インベストメント・ヘッドとしてUBSに入社。

ハーバード大学にて講師および学部長代理を歴任。市場動向ならびにポートフォリオ管理に関するハフェルの見解は、CNBC、Bloombergをはじめグローバルなメディアで定期的に取り上げられている。

Min-Lan Tan

UBSグローバル・ウェルス・マネジメント
アジア太平洋地域チーフ・インベストメント・オフィス責任者

Min-Lan Tan

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2002年にシンガポールにてストラテジストとしてUBSに入社。アジア金融専門誌「アジアマネー」のアナリスト・ランキングで、2003年から2012年まで10年連続で在シンガポール・アナリスト1位。2012年9月よりUBSインベストメント・バンクのマクロ・ストラテジー・リサーチのグローバル・ヘッドを務める。2013年8月、UBSウェルス・マネジメントCIOのアジア太平洋地域ヘッドに就任。UBS以前はメリルリンチに7年勤務し、シンガポール・アジア地域の株式ストラテジスト、東南アジア地域のエコノミスト等を歴任。それ以前には、シンガポール金融通貨庁(MAS)でシニアエコノミストを務める。

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