日本経済

日銀は追加利上げに向けて慎重に地ならし

日銀は金融政策を据え置いた。長期国債買い入れの枠組みも維持した。ただ、展望レポートの中では、2026年度までのインフレ予想を概ね2%程度と見込み、物価安定目標を達成できるという意向を示した。

  • 日銀は金融政策を据え置いた。長期国債買入の枠組みも維持しつつ、今後の国債買入額についても変更を見送った。ただ、展望レポートの中では、2026年度までのインフレ予想を概ね2%程度と見込み、日銀が物価安定目標を達成できるという意向を示した。
  • 現状の円安水準が続いた場合、日銀は7月会合にて利上げで対応する可能性が高まった。植田総裁は記者会見で、物価見通しが日銀の見通しに沿って実現する確度は、継続的に上がっているとした。追加利上げと並行して国債買入ペースが減額されれば、金利には上昇圧力が働くだろう。
  • 日銀は本日の政策決定会合にて、タカ派的な政策バイアスを前面に打ち出すことはできなかったため、ここから為替市場で円安進行のペースが加速すれば、為替介入のリスクは一段と高まるだろう。

何が起きたか?

政策は現行維持もインフレ見通しを上方修正

日銀は4月26日の金融政策決定会合で、市場の予想通り、政策を据え置いた。短期金利のターゲットである無担保コールレートは0.0-0.1%で推移するよう促す方針を維持した。また、長期国債の買入については「3月の方針に沿って実施する」とされ、これまでと概ね同程度となる6兆円規模の金額で長期国債の買い入れを継続すると想定される。

展望レポートが示す経済予想では、2023年度と2024年度の実質GDP成長率を引き下げる一方、2023年度から2025年度のインフレ率を引き上げ、2025年度は1.9%、また今回から新たに追加された2026年度のインフレ率も1.9%と、安定的な2%のインフレ目標達成にさらに近づいた形となっている。ただ、GDP成長率の見通しは2024年が潜在成長率程度となり、海外景気の減速や不確実性を考慮すると、緩和的な金融環境を継続することで経済成長および物価を支える必要性があるとした。

3つのインプリケーション

1:インフレ率のアップサイドリスクが高まる

昨今の円安進行が輸入物価や基調的な物価動向に与える影響は、円安の状況が長引く環境では、一段と重要度が増す。消費者物価は夏頃まで上昇率の鈍化が見込まれるが、ドル円の水準が現在から大きく円高方向に振れなければ、輸入物価が押し上げられ、消費者物価の低下基調を阻む可能性がある。

3月の消費者物価指数(CPI)のデータでは、コア指数の伸びは減速傾向が続いていることを確認する一方で、サービス項目を中心にインフレの基調が底堅いことも示した。また、強い春闘による物価の押し上げ効果も、夏頃から指標に表れてくるだろう。そうなると、CPIの鈍化ペースが緩やかになる公算が大きい。

2:現状の円安が続けば7月に追加利上げを実施へ

我々はこれまで、マイナス金利解除後の日銀の政策について、年内は追加利上げを見送る見通しだと主張してきた。しかし、春闘や円安を背景にここ数か月間でインフレ率の上振れリスクが高まっている。現状のドル高円安が続くと想定される中、日銀は7月にも20-25ベーシスポイント(bp)程度の追加の利上げを行うと予想する。もっとも、日銀が政策金利を現在の0.0-0.1%から0.25%程度に引き上げても、実質金利は依然としてマイナスであるため、緩和的な金融環境を維持していると言えるだろう。また、7月の追加利上げ以降、年内の利上げは予想していない。その理由としては、①年末に向けた米金利の低下により幾分かのドル安・円高が期待できること、②足元のインフレは食料インフレによる影響も大きく、その影響は年末に向けて剥落すると見込まれること、③日本経済の需要回復は鈍く、需要主導による継続的なインフレ率の上昇には、賃金上昇による消費や設備投資の拡大が十分に続く必要があること、が挙げられる。2025年の利上げも1-2回程度と想定する。しかし、期待インフレ率の上昇が続き、賃金上昇による消費への影響が想定よりも大きい場合、また米金利の高止まりなどから足元の円安状況が続く場合、更なる追加利上げの可能性が高まるだろう。

3:国債買い入れペースの縮小が予想よりも早まる

7月の追加利上げと合わせ、毎月の長期金利の買い入れペースはより柔軟化を図ると想定する。3月会合にて異次元の金融緩和から「普通の金融政策」に移行してから日銀は債券市場に大きな混乱が生じていないと評価している。毎月の買い入れペースを柔軟化し、年末に向けて市場機能や流動性の安定性を確認していく中で国債買入オペの規模を徐々に減額(QT)していくだろう。

日銀の推計によると、『量的・質的金融緩和』導入以降の国債買入による名目長期金利の押し下げ効果はおよそ100bpで、今後の買い入れペース縮小は、金利押し上げに働く公算が大きい。現在の約70兆円の国債買入額を、例えば今後1年程度かけて半減させた場合は、日銀の国債保有という単独の要因だけで5-10bp程度の金利の上振れ要因となる。QTの効果と並行して緩やかなペースで政策金利が引き上げられると、中期的には10年金利が1.6%程度まで上昇する余地が生まれるだろう。

各資産クラスの見通し

日本国債金利:10年金利は1%超へ

金利見通しについては、日銀が次なる利上げの道を模索するなか、日本の10年国債金利には上昇圧力が高まるだろう。しかし、米国では年内の利下げ開始が想定されているため、予想される米国金利の低下が日本の10年国債利回りの上昇を一定程度相殺するだろう。また、日銀は引き続き国債買い入れを通じて過度な金利変動にも対応する姿勢であるため、日本国債10年物の金利水準は、2024年末で1.10%程度での推移が想定される。

日本経済にとって追加利上げが短期プライムレートへの影響を通じた企業向け貸出に与える影響、そして住宅ローン変動金利への影響を通じた住宅投資に与える影響などが懸念されるが、年内は1回の利上げ、そして2025年の利上げも1-2回程度と緩やかな利上げペースを見込んでおり、企業向け貸出や住宅投資への影響は大きくないと考えている。

為替へのインプリケーション

日本円に強気の投資家は、日銀がタカ派的な政策バイアスを打ち出さなかったこと、また円安に対し強い懸念を示さなかったことに失望した。日銀が円の安定化を意図した政策対応を見送り、資金の流出をもたらす緩和的な金融環境が続くなかで、円は他の主要中央銀行が利下げサイクルに入るまでの間、下落基調が継続しやすい。一方、為替介入は効果が長続きしないことが認識されながらも、財務省が通貨危機への懸念を和らげるため実施する可能性が高いと我々は考える。また、大きく積み上がった投機的な円売りポジションは2007年以来の高水準に達しており、円反発の余地は大きくなったと考える。

前回会合でのマイナス金利解除から円は対米ドルで4%程度下落し、金融当局は、ファンダメンタルズから乖離した為替の変動には適切に対応していく強い姿勢を維持している。足元では節目とみられる155円台で推移しており、当レポートの執筆時点で円安の進行ペースは加速していない。日銀は4月26日の政策決定会合にて、タカ派的な政策バイアスを前面に打ち出すことはできなかったため、ここから為替市場で円安進行のペースが加速すれば、当局が為替介入に踏み切るリスクは高まるだろう(注:4月29日に米ドル売り・日本円買い介入が入った模様)。もし、米ドルを本格的に押し下げる要因が浮上せず、ドル円が足元の水準から160円に向かう動きとなれば、日銀の7月会合に合わせて当局が介入を検討するシナリオも想定できる。

日本株へのインプリケーション

東証株価指数(TOPIX)は3月22日にピークをつけてから6%調整し、MSCIオール・カントリー・ワールド指数(ACWI)をアンダーパフォームしている。3月に賃上げと日銀の金融政策正常化に向けた歴史的転換という2つの大きなマクロイベントを通過し、投資家が様子見に転じていることがその要因とみられる。また、米国のインフレ指標が想定を上回っていることや、中東の地政学的懸念の高まりにより、リスクオフ・ムードが強まっている。しかし、日本は30年続いたデフレからようやく脱却し、インフレと賃金上昇のある世界に突入しばかりだ。

ファンダメンタルズは依然として堅調であり、コーポレートガバナンス改革が今後の日本株の重要な牽引役となるとみる。短期的には、手元現金を活用した株主還元の拡充や政策保有株の解消が挙げられる。企業のこうした動きは、通期決算や中期経営計画の発表に合わせて加速すると予想する。自己資本利益率(ROE)の向上を目指した構造的な改革が日本の株主市場の持続的な再評価につながることが期待される。

株価の調整により、バリュエーションはより控えめになりつつある。企業業績の上方修正が続いているにもかかわらず、株価収益率(PER)は16.4倍から15.2倍に低下した。足元MSCI ACWI(17.7倍)との差は拡大し、PER格差は長期平均を上回っており、長期投資家にとっての買い場とみている。

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本稿は、UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社およびUBS AG Singapore Branchが作成した“BoJ: Cautiously paving the way for the next policy step”(2024 年4月26日付)を翻訳・編集した日本語版として2024 年5月1日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
青木 大樹

UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス 日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト

青木 大樹

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2016年11月にUBS証券株式会社ウェルス・マネジメント本部チーフ・インベストメント・オフィス日本地域CIOに就任(UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社の営業開始に伴い2021年8月に同社に移籍)。以来、日本に関する投資調査(マクロ経済、為替、債券等)及びハウスビューの顧客コミュニケーションを担当。2010年8月、エコノミストとしてUBS証券会社に入社後、経済調査、外国為替を担当。インベストメント・バンクでは、日本経済担当エコノミストとして、インスティテューショナル・インベスター誌による「オールジャパン・リサーチチーム」調査で外資系1位(2016年、2年連続)に選出。
また、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」やBSテレ東「日経モーニングプラス」など、各メディアにコメンテーターとして出演。著書に「アベノミクスの真価」(共著、中央経済社、2018年)など。UBS入社以前は、内閣府にて政策企画・経済調査に携わり、2006-2007年の第一次安倍政権時には、政権の中核にて「骨太の方針」の策定を担当。2005年、ブラウン大学大学院 (米国ロードアイランド) にて経済学博士課程単位取得(ABD)。

小林 千紗

UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス
ストラテジスト

小林 千紗

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チーフ・インベストメント・オフィスにて、ストラテジストとして株式の調査分析、テーマ投資、SI投資などを担当。投資銀行部門での経験を活かし、幅広い業種についてマクロ・ミクロの視点から投資見解を提供している。


2013年11月に入社。それ以前は米系・欧州系証券会社にて株式アナリストを務める。

清水 麻希

UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス
ストラテジスト

清水 麻希

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2023年10月より、UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメントにて、ストラテジストとしてクレジットおよびアセットアロケーションの投資戦略や分析を担当。

UBS入社以前は、クレディ・スイス証券ウェルス・マネジメント部門にてインベストメント・ストラテジストとして従事したほか、欧州系および米系証券会社にて、金利・為替市場に関するリサーチに携わる。米国マサチューセッツ大学を卒業。

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