日本経済

日銀は金融引き締めの動きに追随するのか?

12 月の金融政策決定会合で、日銀は唐突にイールドカーブ・コントロールの運用見直しを決定した。

  • 12月の金融政策決定会合で、日銀は唐突にイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)の運用見直しを決定し、長期金利(10年国債利回り)の変動許容幅を従来の±0.25%程度から±0.5%程度に拡大した。
  • 声明文「当面の金融政策運営について」は、今回の措置によって、市場の機能改善を図り、緩和的な金融環境を維持しつつ、その効果が企業金融などを通じてより円滑に波及することを目指すと述べている。
  • この発表を受けて、10年国債利回りは0.25%から0.46%へと急騰し、ドル円は137.1円から133円へと下落した。円の上昇の影響で日経平均株価は下落したものの、金融セクターは今回の見直しによる恩恵を受けた。
  • 金融政策決定会合後の記者会見で、黒田総裁は今回の見直しを「事実上の利上げ」ではないと主張した。しかし、10年国債利回りの上限引き上げは将来の金融政策の正常化を示唆している。そうなれば、次期総裁の下でイールドカーブ・コントロールが廃止される可能性も視野に入る。

何が起きたか?

12月19日から20日にかけて開催された金融政策決定会合で、日銀はイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)の運用の見直しを唐突に決定し、長期金利(10年国債利回り)の変動許容幅を従来の±0.25%程度から±0.5%程度に拡大した。目標金利は0%に維持される。

声明文は、今回の措置によって市場機能の改善を図り、より円滑にイールドカーブ全体の形成を促しつつ緩和的な金融環境の維持を目指すと述べている。また、黒田総裁は会合後の記者会見で、日本の国債市場と社債市場の流動性が極端に低いと金融環境に悪影響を及ぼす恐れがあるとも述べた。

なお、それ以外の金融政策の枠組みは変更していない。すなわち、1)短期金利には0.1%のマイナス金利を適用、2)10年国債利回りの目標水準は0%程度、3)上場投資信託(ETF)と不動産投資信託(J-REIT)の年間購入額上限はそれぞれ12兆円と約1,800億円、4)コマーシャル・ペーパー(CP)と社債の年間購入額上限はそれぞれ2兆円と3兆円とする政策は維持される。

発表直後の市場の反応を見ると、10年国債利回りは0.25%から0.46%へと急騰し、ドル円は137.1円から133円へと 円高ドル安方向に動いた。円の上昇を受けて日経平均株価指数は2~3%下落したが、金融セクターは今回の見直しの恩恵を受けた。

記者会見で、黒田総裁はイールドカーブ・コントロール(YCC)の運用見直しを「事実上の利上げ」でないと主張し、今回の措置によって市場機能の改善を図り、金融緩和の持続性を高め、その効果が企業金融などを通じてより円滑に波及していくようにすると繰り返し強調した。

なぜ今なのか?

発表は市場には寝耳に水で、メディア調査に回答した47名のエコノミスト全員が今回の変更を予想していなかった。しかし、市場は金融政策の変更が来年には実施されるとの見方を次第に高めていたため、日銀は10年国債利回りを0.25%に維持するために日本国債の大幅購入を余儀なくされてきた。実際、2022年における日本国債の購入額は、昨年11月の約15兆円から今年11月には約40兆円へと増加している(図表1を参照)。その結果、日本国債の流動性が極端に低下し、国債市場の機能に悪影響を与えていた模様だ。

日銀は今後どう動くのか

日本国債の10年利回りおよそ0.45%は、米10年国債利回り3~3.5%と整合すると思われる(図表2参照)。したがって、少なくとも短期的にはさらなる利上げ余地は限られているとみてよいだろう。しかし、このような憶測を避けるためにも、黒田総裁は日銀が金融緩和政策を続けることを市場に納得させる必要がある。

2023年に向けては、2013年に定められた「2%の物価安定目標」の改定が、次期総裁が就任する2023年4月以降に行われると複数のメディアが報じている。黒田総裁は金融緩和政策を継続すると強調したものの、10年国債の上限を引き上げるということは、日銀が新総裁の下で、イールドカーブ・コントロールの廃止を含む金融政策の正常化に将来踏み切る可能性があることを示唆する。

市場への示唆

  • 10年国債利回りが若干上昇しても企業の景況感にはさほど影響しないだろう。直近の日銀短観によると、企業の事業計画は1米ドル=132円台を前提としており、ある程度の円高が進んだ現在もまだその水準を上回っている。
  • 2023年の10年国債利回りは、年間を通じて0.4~0.5%水準にとどまるだろう。ただし、4月以降にインフレ目標が変更され、新総裁が政策の枠組みをさらに調整すると、多少の上昇リスクはあり得る。
  • 円については、137.1円から133円への大幅な円高・ドル安の動きはやや行き過ぎに見える。したがって、目先は米ドルが反発する可能性がある。2023年には、米連邦準備理事会(FRB)による利上げサイクルの転換点が近づいていることもあり、円高・ドル安基調が続く可能性が高いとの見方を維持する。
  • 円高は日本の輸出業者には悪材料だが、円安の幾分の調整であれば、2023年に賃金上昇がさらに加速する中でサービス消費の下支え要因になるだろう。さらに、日本国債のイールドカーブのスティープ化も日本の金融セクターにはプラスに働く。我々の株式戦略では、日本の経済活動の再開と金融セクターという投資テーマを引き続き推奨する。
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本稿は、UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社が作成した“Japanese economy: Will the BoJ join the tightening camp?”(2022年12月20日付)を翻訳・編集した日本語版として2022年12月22日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
青木 大樹

UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス 日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト

青木 大樹

さらに詳しく

2016年11月にUBS証券株式会社ウェルス・マネジメント本部チーフ・インベストメント・オフィス日本地域CIOに就任(UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社の営業開始に伴い2021年8月に同社に移籍)。以来、日本に関する投資調査(マクロ経済、為替、債券等)及びハウスビューの顧客コミュニケーションを担当。2010年8月、エコノミストとしてUBS証券会社に入社後、経済調査、外国為替を担当。インベストメント・バンクでは、日本経済担当エコノミストとして、インスティテューショナル・インベスター誌による「オールジャパン・リサーチチーム」調査で外資系1位(2016年、2年連続)に選出。
また、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」やBSテレ東「日経モーニングプラス」など、各メディアにコメンテーターとして出演。著書に「アベノミクスの真価」(共著、中央経済社、2018年)など。UBS入社以前は、内閣府にて政策企画・経済調査に携わり、2006-2007年の第一次安倍政権時には、政権の中核にて「骨太の方針」の策定を担当。2005年、ブラウン大学大学院 (米国ロードアイランド) にて経済学博士課程単位取得(ABD)。

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