日本経済

日銀に関する重要な5つの質問

短期的には日銀の金融政策に大きな変更はないとみているが、賃金上昇とインフレ率の加速、景気回復が続けば、2023年の早い時期までに金融政策が一部調整されるかもしれない。

  • 短期的には日銀の金融政策に大きな変更はないとみているが、賃金上昇とインフレ率の加速、そして景気回復が続けば、2023年の早い時期までに金融政策に一部調整が行われるかもしれない。
  • 外国為替市場への介入を決定するにあたっては、円の水準よりも変動ペースのほうが重要である。現在の円安は金利などの経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)に基づくものであり、企業も家計も徐々に対応を調整できるため、政府にとって許容範囲内だろう。
  • 黒田日銀総裁は2023年4月に任期満了となるため、内閣は後任人事案を年内に提案する。日銀の次期総裁に誰が指名されるのか、政府の判断も注目される。

日本銀行の金融政策は今後どうなるのか。短期的には、金融政策に大きな変更はないとみているが、賃金上昇とインフレ率の加速、そして景気回復が続けば、2023年の早い時期までに金融政策に一部調整が実施されるかもしれない。本レポートでは、今後6~12カ月における日銀の金融政策の方向性を判断する上で重要な5つの質問に焦点を当てる。

質問1: 7月の金融政策決定会合の主たるメッセージは何だったのか。

日銀は7月の金融政策決定会合で、従来の金融政策の基本方針をすべて据え置いた。現在の経済状況と賃金動向は、政策を引き締めるほど強固ではなく、足元の高インフレは一過性のものという判断だ。四半期ごとに発表される「経済・物価情勢の展望」によると、コア(生鮮食品を除く) 消費者物価指数(CPI)上昇率は、2022年度(2023年3月期) に2.4%まで加速するものの、2023年度から2024年度には2%を下回ると日銀は予想している(図表1参照) 。黒田総裁は、会合後の記者会見で、賃金上昇率の重要性を強調した。インフレ率が2%以上で持続的に推移するためには、賃金上昇率がインフレ率を上回る必要があると述べている。

これらのことが意味するのは、日銀はインフレ率が目標値の2%に達する前に金融政策の一部調整を行う可能性があるとしても、今後数四半期あるいは数年間は、短期金利の引き上げや資産売却によるバランスシートの縮小といった本格的な金融引き締めを行う可能性は低いということだ。とはいえ、中期的なインフレ率に関する不確実性は依然残る。また、来年4月以降は、日銀次期総裁の政策スタンスが注目されよう。

コアCPI は、6月の2.2%から2022年後半には2.5%まで上昇してピークを迎え、その後エネルギー価格と食料品価格の上昇が落ちつき、2023年3月までには2%を下回る水準まで低下するだろう(図表2参照)。財価格のインフレ率はすでに前年比+5%に達しているが、サービス価格のインフレ率はなおマイナス圏にある(図表3参照)。これまで、エネルギー価格の上昇と円安がCPIの上昇圧力となってきたが、日本企業、とりわけサービス・セクターは、コストの上昇を販売価格に転嫁していない。我々は、日銀が2%というインフレ目標を持続的に達成するためには、サービス・セクターの生産性の向上と賃金の伸びが 不可欠であると考える。

質問2: 円安がさらに進むと日銀は行動を起こすのか。

我々はそうは思わない。現在の為替の動きは経済のファンダメンタルズ(つまり、経済成長率、インフレ率、金利など)に基づいて動いているからだ。我々は、次のような理由で日銀はハト派姿勢を当面維持するとみている。1)日銀は、現在の高インフレをエネルギー価格と食品価格の高騰による一過性のものとみている、2)円安は経済に好影響を及ぼす、3)日銀は現在も経済成長を重視している。GDPギャップは依然としてマイナスで、賃金上昇率(およそ2%)はインフレ率を依然として下回り続けている。

日銀と政府にとっては、為替市場への介入を判断するにあたっては、円の水準よりも変動ペースの方が重要だ。なぜならば、ファンダメンタルズによらずに急速に円安が進んだ場合には、企業と家計のセンチメントを著しく悪化させかねないからだ。その場合には、日銀と政府は、円安のさらなる進行を食い止めるために為替介入か政策調整を検討する可能性がある。

1997年から1998年にかけて、投機的な動きでドル円が140円を超える円安になった時、日本政府はドル売り円買いの為替介入を何度か行った(図表4参照)。現在の円安は経済のファンダメンタルズに基づく動きであり、企業も家計も(コストの価格への転嫁や賃上げによって)行動を徐々に調整できるため、政府には容認できるものだと我々は判断する。

質問3: 日銀が金融政策の調整に着手するのはいつか。

日銀が金融政策の調整に踏み切るためには、国内総生産(GDP)の本格回復と賃金上昇率の改善が確認される必要があるだろう。2022年1-3月期では、GDPギャップはおよそ3.6%のマイナスであり(過少需要)、賃金上昇率は、上昇傾向にはあるものの、インフレ率を下回る状態が続いている(図表5参照)。人々の移動が徐々に正常化し、インバウンド消費が出始め、自動車セクターの供給不足も改善、秋には新たな景気刺激策も決定されるなどの材料から、日本経済は2022年後半も回復を続けると我々はみている。インフレ率の上昇に加えてGDPギャップがプラスに転じ、賃金上昇率が2%を超えれば、日銀は早ければ2022年10-12月期にイールドカーブ・コントロールの調整に踏み切る可能性がある。だが、経済と賃金上昇の下振れリスクを考慮すると、調整のタイミングは2023年にずれ込む可能性がある。新型コロナウイルスの1日当たりの新規感染者数が20万人を超えて過去最高となり、夏場の家計消費の足かせになる可能性もある。

金融調整の場合、まず日銀は10年国債利回りの目標レンジの上限を現在の0.25%から0.4%または0.5%に引き上げると予想する。そして、賃金上昇率とインフレ率の継続的な伸びを確認した後に利回り目標を数回引き上げれば、イールドカーブ・コントロールを終了することになるだろう。日銀のバランスシートは、2022年4-6月期時点で732兆円、対GDP比135%まで拡大した(米国では37%、ユーロ圏は69%。図表6参照)。日銀のバランスシートは長期にわたって拡大した基調が続き、日本国債の満期償還とともに徐々に縮小していくと考える。なお、日銀が現在保有している日本国債の償還年限は平均8~9年である。


本稿は、UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社が作成した“Japanese economy: Five pivotal questions about the BoJ”(2022年7月26日付)を翻訳・編集した日本語版として2022年8月1日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
青木 大樹

UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス 日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト

青木 大樹

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2016年11月にUBS証券株式会社ウェルス・マネジメント本部チーフ・インベストメント・オフィス日本地域CIOに就任(UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社の営業開始に伴い2021年8月に同社に移籍)。以来、日本に関する投資調査(マクロ経済、為替、債券等)及びハウスビューの顧客コミュニケーションを担当。2010年8月、エコノミストとしてUBS証券会社に入社後、経済調査、外国為替を担当。インベストメント・バンクでは、日本経済担当エコノミストとして、インスティテューショナル・インベスター誌による「オールジャパン・リサーチチーム」調査で外資系1位(2016年、2年連続)に選出。
また、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」やBSテレ東「日経モーニングプラス」など、各メディアにコメンテーターとして出演。著書に「アベノミクスの真価」(共著、中央経済社、2018年)など。UBS入社以前は、内閣府にて政策企画・経済調査に携わり、2006-2007年の第一次安倍政権時には、政権の中核にて「骨太の方針」の策定を担当。2005年、ブラウン大学大学院 (米国ロードアイランド) にて経済学博士課程単位取得(ABD)。

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