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中銀のインフレ対応を受け株価下落

世界各国の中央銀行がインフレ鎮静化に向けて一段と積極的な対応を示したことを背景に、16日のS&P500種株価指数は3.3%下落した。

何が起きたか?

世界各国の中央銀行がインフレ鎮静化に向けて一段と積極的な対応を示したことを背景に、16日のS&P500種株価指数は3.3%下落した。米連邦準備理事会(FRB)が15日に1994年以来の大幅利上げとなる75ベーシスポイント(bp)の政策金利の引き上げを決定したのに続き、16日はスイス国立銀行が予想外に50bpの利上げに踏み切った。同中銀はこの15年ぶりの利上げ実施に加えてインフレ見通しを大幅に引き上げ、今後の一段の利上げの可能性も示唆した。

また、イングランド銀行、ハンガリー国立銀行が相次いで利上げに踏み切った。これにより、インフレ上昇が各国中銀の最大の関心事であり、たとえ景気後退リスクが上昇しても金融引き締め政策を迅速に行う意向であるとの認識が高まった。

S&P500種株価指数はFRBの利上げを好感して15日は1.5%上昇したものの、翌16日にはその上げが帳消しとなった。S&P500種は現在1月高値を23.6%下回っており、今週、新型コロナウイルス感染拡大が始まって以降初めて弱気相場に突入した。

S&P500種の予想変動率を表すVIX指数は、15日は下落したが、16日には再び上昇して33をつけた。これは1日の変動率が2%を超えていることを意味する。債券市場でも荒れた展開が続いている。16日の米国10年国債利回りは、20bpの幅での取引が続いた後、5bp低下して3.23%で取引を終えた。米国10年国債の実質金利は引き続き上昇しており、3月上旬の-1.1%からプラス圏に突入して16日には約0.8%となり、過去3カ月に金融引き締めが加速していることが伺える。

金融引き締め懸念に加えて、ロシア産エネルギーの供給混乱の可能性も投資家の不安感を煽っている。ロシア国有エネルギー会社は、ノルドストリームのパイプラインを経由したドイツへのガス供給をここ数日で6割削減している。同社はその理由として技術的な問題を挙げているが、ドイツ当局はエネルギー削減の判断は政治的なものと述べている。この供給削減により欧州最大の経済国であるドイツの景気後退リスクが高まっており、1990年の東西ドイツ統合後最も早いペースで上昇している物価(5月の消費者物価指数は前年同月比7.9%上昇)を抑制することが一段と難しくなっている。ロシアはイタリアとスロバキアへのガス供給も削減しており、またオーストリアのエネルギー会社もロシア国有エネルギー会社から供給量をさらに減らすことを通告されている。

今後の展開

主要中央銀行がインフレ退治に注力する姿勢をさらに鮮明に押し出したことで、経済活動と株式市場へのリスクが高まっている。経済の軟着陸が難しさを増しており、景気後退のリスクがこれまでよりも高まっている。

インフレが消費支出をむしばみ始めていることを示すデータも現れている。15日に発表された米小売売上高は、電化製品や自動車の買い控えの動きにより、5カ月ぶりに減少に転じた。住宅市場も冷え込んでいる。連邦住宅金融公庫データのデータによると、年初以降、30年固定の住宅ローン金利は平均で2倍に上昇している。また16日に発表された米住宅着工件数は13カ月ぶりの低水準に減少した。こうした経済指標の悪化を受け、最新の経済指標に基づき実質GDP成長率予想を算出するアトランタ連銀の「GDPナウ」では、1カ月前までは年率換算2.5%と予想されていた2022年4-6月期の実質GDP成長率が、足元で0%に低下した。

ウクライナ紛争を背景としたエネルギー価格と食料品価格の上昇により、インフレ率の反転時期が予想より遅れている。また、パンデミックに起因する供給の混乱も予想より長引いている。FRBは家計がインフレ率の上昇を予想していることについて懸念を示した。ミシガン大学が発表した直近の長期期待インフレ率は2008年以来の高い水準に急上昇しており、これに対してFRBのパウエル議長は「強く目を引く」と述べた。

また、雇用市場がある程度鎮静化するまでは、FRBは金融引き締めペースを緩める姿勢を見せずに、インフレ退治に引き続き注力するだろう。

こうした状況下、年内の株価の上昇余地は低下したと我々はみている。経済成長の減速は企業業績の重しとなり、債券利回りの上昇は株価バリュエーションにマイナスとなる。よって、S&P500種株価指数の上昇余地は低下したと判断し、基本シナリオにおける同指数の2022年12月末時点の見通しを3,900に引き下げた。株式の中では引き続きグロース株よりもバリュー株を推奨しており、また比較的ディフェンシブ性の高いの銘柄を推奨している。

一方ユーロ圏では、経済成長のモメンタムが鈍化しているのに加え、ロシア産天然ガスの欧州への供給をめぐる不確実性が再び高まっていることや、域内での債券利回り格差が広がる市場の分断化のリスクなども、マクロ経済のリスク要因となっている。こうした状況を勘案し、我々は基本シナリオにおけるユーロ・ストックス50指数の今年12月時点の予想を3,400に引き下げた。

投資見解

流動性を管理する。値動きの荒い相場環境では、強制売りのリスクを軽減し、長期的な投資機会をとらえることができる。投資家には、今後3~5年間に必要となる支出ニーズに合わせて、質の高い債券を様々な残存期間にわたって均等にポートフォリオに組み入れることを勧める。こうしたラダー型の債券ポートフォリオにより、高利回りを確定しつつ、長引く金利の変動に対する耐性を高めることができる。

ポートフォリオの防衛を強化する。10日の取引開始時点では約26だったVIX指数は16日には33に上昇しており、S&P500種株価指数の日次変動率は平均2%を超えている。こうした高いボラティリティの影響を緩和するために、高クオリティ銘柄、高配当銘柄、ヘルスケア銘柄などに注目したい。これらはいずれもポートフォリオの変動を抑えるのに寄与し、景気後退時にアウトパフォームする可能性が高い。

セキュリティの新時代に備えたポジションを取る。ロシアがエネルギー供給を政治的ツールとして利用する動きを強めるなど、我々はセキュリティ(安全保障)の時代に突入している。政府や企業は価格や効率性よりもセキュリティと安全性を重視する姿勢を強めており、エネルギー、食料、サイバーセキュリティ、防衛など新たな「セキュリティの時代」への対応を進めている。

バリュー株に投資する。高インフレで金利上昇期待が高まる環境下では、グロース株よりもバリュー株が有利だ。事実、過去を振り返ると、インフレ率が3%を上回る環境下ではバリュー株がグロース株をアウトパフォームしてきた。よって、我々はエネルギー・セクターとバリュー株式の比率が高い英国株式を推奨する。これらは今年に入って市場全体をアウトパフォームしており、その傾向は今後も続くとみている。一方、実質利回りが上昇している期間は、グロース株には不利な傾向がある。よって、我々はグロース株と一般消費財セクターの非推奨を維持する。

さらなるボラティリティ拡大に備える。市場のボラティリティの高い局面は魅力的な市場参入の機会ともなる。また、ダイナミック・アセットアロケーション・アプローチなどでドローダウンに対応できる戦略も検討できる。

オルタナティブ(代替)資産で分散投資を図る。金利上昇懸念により株式と債券の相関性が高まっている昨今、相関性の低いリターンを提供できる潜在性のあるヘッジファンドが注目される。また、ヘッジファンド戦略(特にマクロ戦略)の中には、景気後退シナリオ下で優れたパフォーマンスを上げられるものもある。また、相場の急落は、長期的にプライベート・エクイティをポートフォリオに組み入れる機会をもたらしている。米大手投資管理会社ケンブリッジ・アソシエイツの1995年以降のデータによるとと、MSCIオールカントリー・ワールド指数(MSCI ACWI)のピークから1年後に組成されたグローバル成長バイアウト・ファンドの年間平均リターンは18.6%を記録している。一方、公開株式がピークに達する2年前に投資が開始されたファンドの同リターンは8%にとどまっている。

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本稿は、UBS AGが作成した“CIO Alert: Stocks fall as central banks get tough on inflation”(2022年6月16日付)を翻訳・編集した日本語版として2022年6月17日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
Mark Haefele

最高投資責任者
UBS Global Wealth Management

Mark Haefele

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プリンストン大学で学士号、ハーバード大学で修士号と博士号を取得。フルブライト奨学生として、オーストラリア国立大学で修士号を取得。ソニック・キャピタルの共同創立者および共同ファンドマネジャー、マトリックス・キャピタル・マネジメントのマネージング・ディレクターを務め、チーフ・インベストメント・オフィスが設立された2011年に、インベストメント・ヘッドとしてUBSに入社。

ハーバード大学にて講師および学部長代理を歴任。市場動向ならびにポートフォリオ管理に関するハフェルの見解は、CNBC、Bloombergをはじめグローバルなメディアで定期的に取り上げられている。

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