日本経済

日銀は円安是正より円の安定に注力

日本銀行は、指定した利回りで国債を買い入れる連続指値オペを毎営業日実施することを発表した。円安是正に導くよりも、国債利回りと円相場の安定に注力する模様だ。

  • 日本銀行は、指定した利回りで国債を買い入れる連続指値オペを毎営業日実施することを発表した。この発表は市場にとって予想外だった。日銀は、円安是正に導くよりも、国債利回りと円相場の安定に注力する模様だ。
  • 実際に政策調整に動く直前までは、政策調整を行わないとする発言を繰り返す日銀の方策は理にかなっていると思われる。市場が金融政策変更の可能性を憶測し続けると、日銀は積極的に国債を購入しなければならなくなるからだ。
  • 日銀は当面ハト派姿勢を維持するだろう。とは言え、米国債利回りが一段と上昇したり、もしくは賃金上昇と景気回復に伴って高いインフレ率が続けば、恐らく2022年後半から2023年前半にかけて、10年国債利回りの一段の上昇を許容せざるを得なくなる可能性がある。

日銀は4月28日の金融政策決定会合で、市場の予想通りすべての金融政策を据え置きとした一方、国債を0.25%の利回りで無制限に買い入れる連続指値オペを毎営業日実施することを決定した。

この決定を受けて、10年国債利回りは0.245%から0.22%に急落し、ドル円レートは1ドル=128.6円からドル高円安方向に上昇し、20年以上ぶりに1ドル=130円を上回った。日銀が何らかのタカ派的な兆候を示すだろうとの見方が大勢を占めていたため、この決定は市場にとって予想外であった。

日銀は同日公表した四半期に1度の展望レポートにおいて、国内総生産(GDP)成長率見通しを、2022年度については+2.9%(1月時点では+3.8%)に下方修正、2023年度については+1.9%(1月時点では+1.1%)に上方修正した。また消費者物価指数(CPI)見通しを、2022年度については+1.9%(1月時点では+1.1%)に上方修正し、2023年度については+1.1%に据え置いた(図表1参照)。CPIの展望によると、政策委員は、最近のインフレ率上昇は主にエネルギー価格の高騰によるものであり、一時的なものにとどまるとの見方をしている。

日銀の黒田総裁は会合後の記者会見で、エネルギー価格の上昇は一時的なものであり、物価上昇率が持続的に2%を達成するにはなお時間を要するともコメントした。

日銀は円安是正よりも金利と円相場の安定に注力

日銀は、1ドル=130円近辺の円安を是正するよりも、国債利回りと円相場の安定に注力するようだ。その達成に向け、指定した利回りでの国債の買い入れを毎営業日行う。黒田総裁は円相場の急激な変動は企業業績と経済見通しの不確実性を高めうると述べた。 また、実際に政策調整に動く直前までは、政策調整を行わないとする発言を繰り返す日銀の方策は理にかなっていると思われる。市場が金融政策変更の可能性を憶測し続けると、日銀は積極的に国債を購入しなければならなくなるからだ。

日銀のこの決定は、近い将来に金融引き締めが行われる可能性が低いことを示唆しているといえる。ただし、特に米国10年国債利回りが上昇すれば、日銀は円相場の安定のために、10年国債利回りが上限0.25%を超える水準に上昇することを許容するかもしれない。

実際に日銀は過去に2度、米国10年国債の利回り上昇を受け10年国債利回りが上限に近づいた時に、上限の引き上げを行っている(図表2参照)。賃金上昇と経済成長の再加速によりコアCPI上昇率が高止まりした場合にも、日銀は利回り上限の引き上げに踏み切る可能性があろう。

日銀と政府の政策優先課題

日銀と政府の足元の政策優先課題は、円相場を安定させるとともに、現時点の脆弱な経済状況を考慮して、財政支出策を導入することにより副作用を緩和することだと我々は考える。

日銀は依然として円安が日本経済にとってプラスだと考えているが、一方で政府にとっては、供給逼迫が徐々に落ち着いてくる中で、エネルギー価格上昇と円安の副作用を緩和することが重要だ。

政府は4月26日、エネルギー価格と食品価格が上昇する中で、家計と中小企業の支出支援を目的に緊急経済対策(総額6兆2,000億円、対GDP比1.1%)を発表した。 このことから、日銀の金融引き締め観測が時期尚早であることが示唆される。だが賃金上昇と健全な経済情勢に支えられて2%近くの高いインフレ率が確認されれば(図表3参照)、2022年後半から2023年前半にかけて、10年国債利回りの一段の上昇を許容することで、イールドカーブコントロールを調整する可能性があると我々は考える。

また、短期的に135円ないしそれより高い水準に向けてドル高円安が加速すれば、7月の参議院選挙を前に、日銀に対して政策を調整するよう求める政治的圧力が高まるかもしれない。

2023年4月の黒田総裁の任期満了が近づくにつれ、市場は日銀の政策正常化に関する憶測を強めるだろう。政府は第3四半期(10-12月期)から第4四半期(2023年1-3月期)の間に黒田総裁の後任人事を提案するだろう。岸田総理大臣と鈴木財務大臣はともにリフレ政策を提唱していないため、この2人のスタンスを考慮すると、次期総裁は現総裁よりもハト派色の弱い人物になると我々は予想する。

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本稿は、UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社が作成した“Japanese economy: BoJ focused on stabilizing, not strengthening, the yen”(2022年4月28日付)を翻訳・編集した日本語版として2022年5月6日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
青木 大樹

UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス 日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト

青木 大樹

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2016年11月にUBS証券株式会社ウェルス・マネジメント本部チーフ・インベストメント・オフィス日本地域CIOに就任(UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社の営業開始に伴い2021年8月に同社に移籍)。以来、日本に関する投資調査(マクロ経済、為替、債券等)及びハウスビューの顧客コミュニケーションを担当。2010年8月、エコノミストとしてUBS証券会社に入社後、経済調査、外国為替を担当。インベストメント・バンクでは、日本経済担当エコノミストとして、インスティテューショナル・インベスター誌による「オールジャパン・リサーチチーム」調査で外資系1位(2016年、2年連続)に選出。
また、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」やBSテレ東「日経モーニングプラス」など、各メディアにコメンテーターとして出演。著書に「アベノミクスの真価」(共著、中央経済社、2018年)など。UBS入社以前は、内閣府にて政策企画・経済調査に携わり、2006-2007年の第一次安倍政権時には、政権の中核にて「骨太の方針」の策定を担当。2005年、ブラウン大学大学院 (米国ロードアイランド) にて経済学博士課程単位取得(ABD)。

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