投資戦略インサイト

スタグフレーションは来るのか?

物価高騰および景気後退への懸念は、高インフレと景気停滞が同時進行した1970 年代型「スタグフレーション」の記憶を想起させている。

  • 物価高騰と景気後退への懸念が、高インフレと景気停滞が同時進行した1970年代の「スタグフレーション」の記憶を想起させている。この期間はダウ工業株30種平均が概ね横ばいとなるなど、株式投資家にとっても失われた10年となった。
  • ロシア・ウクライナ紛争によるエネルギー価格高騰は、インフレ率を押し上げ、景気減速への警戒感を高めた。しかし、我々の基本シナリオでは、景気後退は回避され、インフレは徐々に沈静化するとみている。
  • スタグフレーションの到来は予想していないものの、物価安定の確保に向けて主要中銀が金融引き締めに動いていることから、投資家には金利上昇局面に備えることを勧める。

景気停滞(スタグネーション)と高インフレ(インフレーション)が同時に起こる「スタグフレーション」ほどエコノミストや投資家が警戒視するシナリオはまずないだろう。スタグフレーションと言えば、一般に1970年代が引き合いに出される。当時、1973年の石油輸出国機構(OPEC)による輸出禁止措置(第1次オイルショック)と、1979年のイラン革命を契機としたイラン原油の生産・輸出の急減(第2次オイルショック)の2回の石油危機により、物価が急騰し、消費が大きく落ち込んだ。また1970年代はダウ工業株30種平均がほぼ横ばいで推移するなど、株式投資家にとっても厳しい10年となった。

このところ、スタグフレーションという歓迎されない用語が経済紙面上に再び並ぶようになった。大半の国では、インフレ率が中央銀行の目標を上回り、経済成長には鈍化の兆しが見え始めている。ウクライナ危機の勃発によりインフレ高進と景気後退リスクへの懸念は一層強まった。

では、投資家はスタグフレーションの再来を警戒する必要があるのだろうか? また、なぜスタグフレーションは投資家、中央銀行、消費者にとって厳しい状況となるのであろうか? さらに、投資家がスタグフレーションによる資産価格の目減りを防ぐには、どのような対策が考えられるだろうか?

スタグフレーションの何が問題か?

エコノミストがインフレ率と失業率の合計値である「悲惨指数」という指標に注目し始めたのは、1970年代のことだ。高失業率と高インフレのいずれか一方が生じるだけでも消費者の生活水準は圧迫される可能性があるが、双方が重なると企業や消費者の生活に深刻なマイナスの影響を及ぼす。高インフレは給与所得と貯蓄の購買力を低下させ、個人消費と消費者マインドの下押しにつながる。また失業率が高まると需要が次第に低迷してくる。このためスタグフレーションは通常の景気後退よりも警戒されやすい。スタグフレーションは中央銀行にも政策ジレンマを突き付ける。インフレを封じ込めるために金融引き締め策を進めると、失業率が上昇する恐れがあるため、金融当局は困難なかじ取りを迫られる。1981年6月、当時の米連邦準備理事会(FRB)議長であるポール・ボルカー氏は、フェデラルファンド(FF)金利を20%まで引き上げインフレを退治したが、その副作用として、高い失業率が数年にわたって続いた。

スタグフレーションの環境は株式と債券にも悪影響を及ぼすことから、投資家にとっても問題である。まず、インフレが上昇すると、特にコスト高を顧客に転嫁することができない企業の利益率は低下する可能性がある。債券投資の場合、インフレが上昇すれば高格付け国債の受取利息が目減りする。ハイイールド債やシニア債は、企業利益の低下によるデフォルト懸念で債券価格が低下する可能性がある。キャッシュの価値まで急激に低下することから、投資家の資金の逃避先はほとんど見当たらなくなる。

スタグフレーションのリスクは足元で高まっているのか?

現在の状況は1970年代と一部類似するところがある。しかし、スタグフレーション懸念は行き過ぎと考える。

まずは類似点であるが、物価については1970年代と同様にエネルギー価格が急激に上昇した。ロシアのウクライナ侵攻に伴い原油と天然ガスの双方に供給混乱が生じた。ロシアの生産急減への懸念から北海ブレント原油価格は一気に上昇し、3月7日には一時1バレル139米ドル台を付け、年初来の原油価格の上昇率は75%近くに達した。価格はその後下落に転じたものの、4月1日時点の原油相場は年初の水準を依然、30%超上回っている。天然ガス価格も急騰し、欧州の家計および企業の光熱費を押し上げている。また、ロシアとウクライナは穀物と肥料の主要輸出国であることから、食料価格も大きく上昇した。ロシア・ウクライナ紛争の影響が本格的に及ぶ以前から食料価格は上昇傾向にあり、国連食糧農業機関(FAO)が発表した2月の世界食料価格指数は過去最高を記録し、前年同月比で約20%の大幅上昇となった。

新型コロナウイルス流行による世界的なサプライチェーン(供給網)の混乱が収まる前に、さらなるインフレ押し上げ要因が発生した形となった。コロナを起点としたインフレは、パンデミック規制が解除され、製品増産の勢いが弱まるに伴い落ち着き始めると予想されていたが、ウクライナ危機により物価の沈静化時期は想定よりも後ずれしそうだ。物価はウクライナ紛争の影響が及ぶ以前から高水準にあり、米国の2月の総合消費者物価指数(CPI)は前年同月比7.9%上昇、食品とエネルギーを除くコアCPIは同6.4%上昇した。ユーロ圏の物価指標は最近のコモディティ価格急騰の影響を既に反映し始めており、3月の消費者物価指数は前年同月比7.5%上昇と、前月の5.9%から加速し、統計開始以降で最高を更新した。

一方、景気減速懸念はここにきて一段と強まっている。3月下旬には、一般に景気後退の予兆とされる逆イールド(長短金利差の逆転)が米国2年・10年国債間で発生した。米国では、過去10回の景気後退の前にはいずれも、2年債/10年債の逆イールド現象がみられた。景気後退不安の背景には、ウクライナ危機によりロシア産エネルギーの欧州への供給が停滞するとの懸念もある。また、エネルギー価格の上昇が続けば、世界の家計の購買力低下にもつながる。一方、金融市場では、中央銀行、特に米連邦準備理事会(FRB)がインフレ抑制に向けて利上げ姿勢を一段と積極化するとの見通しが高まっている。本稿執筆時点(4月上旬)で、市場はFRBの約225ベーシスポイント(bp)の利上げを織り込んでいるが、これは1994年以降で最も速い引き締めペースである。

投資家は確かにこれらのリスクを軽視すべきではないが、我々の基本シナリオでは、景気後退は回避され、インフレ率は2023年に向けて沈静化するとみている。

足元の経済環境は、長期化した1970年代のスタグフレーション局面よりも良好と考える。両時代を比較すると、1975年の米国の経済成長率は-0.2%、コア・インフレ率は平均9%、失業率は8.5%であった。一方、本稿執筆時点で2022年の経済成長率は約3.5%が予想され、失業率は4%を下回っている。インフレ率は2022年の5.8%(予想)から2023年には1.5%まで低下すると見込んでいる。

パンデミックの規制措置が解除される中、欧米では経済活動正常化に伴う景気拡大の勢いがなお続いている。パンデミックの影響が大きかったサービスや供給不足に陥っていた自動車等の耐久消費財に対する繰越需要は依然、存在するとみられる。家計のバランスシートは引き続き健全であり、借入コストの上昇や物価高騰の悪影響を一定程度緩和すると見込まれる。また、米国およびユーロ圏では労働市場も堅調である。

例えば、3月の米雇用統計は非農業部門就業者数が前月比43.1万人増となり、1月・2月分は合計で9.5万人上方修正された。その結果、1-3月期の就業者数の伸びは約170万人に達し、月平均では約56.2万人となった。3月の失業率は2月の3.8%から3.6%に低下、労働参加率は62.4%に若干上昇し、いずれもパンデミック発生以降で最も良好な水準を記録した。ユーロ圏の2月の失業率も6.8%と、統計開始以来で最低となった。

このように、足元のマクロ経済データは、景気停滞、高失業率、消費者需要の低迷を特徴とするスタグフレーションとは合致しない内容を示している。

我々は次に挙げる複数の理由から、世界の経済はスタグフレーションの方向に向かってはいないとみている。まず、世界経済は、過去とは異なり、エネルギー価格上昇の影響を受けにくくなっている。世界のエネルギー強度(国内総生産(GDP)当たりのエネルギー消費量)は、1970年代初頭以降50%以上低下した。また、1970年代の急速な賃金上昇と賃金・物価の悪循環の一因となった労働組合の勢いも急速にしぼみつつある。OECD(経済協力開発機構)諸国の労働組合組織率(平均)は、1970年の約38%に対し、現在は約16%に留まっている。最後に、中央銀行にはインフレを抑制する準備ができている。FRBのパウエル議長は、「物価安定の確保に向けて必要な措置を実施する」と改めて強調した。これとは対照的に、1970年から1978年までFRB議長を務めたバーンズ氏は、「賃金コストの上昇圧力が主因であるインフレを抑制するのに金融政策はほとんど何もできない」と、逃げ腰ともとれる発言を行っている。

スタグフレーションが及ぼす投資家への影響は?対策は必要か?

まずはパニックに陥らないことである。金融メディアや専門家は、危機的見通しをことさら警戒しがちであるが、それが現実化するとは限らない。世界金融危機(2008年)後にはハイパーインフレの発生予想が取り沙汰されたが、実際には起きなかった。スタグフレーションの議論はこうした類いの1つと我々はみている。家計はロックダウン(都市封鎖)期間中に貯蓄を積み増したため、足元のバランスシートは健全である。企業業績は急速に拡大し、既にコロナ前の水準を上回っている。中央銀行は必要に応じてインフレ抑制に注力する方針であるが、景気回復の維持にも配慮している。

とは言え、持続的なインフレ高進と景気停滞のリスクを軽視してよいと言っているわけではない。我々の基本シナリオではないが、「スローフレーション」とでも呼べる状況が生じる可能性は残されている。

インフレ加速の局面では、物価上昇に合わせて受け取れる利子が増える物価連動債も有効な手段として検討できる。しかし、物価連動債は常に投資価値が高いわけではなく、多くの状況下でリターンの押し下げ要因になりかねない。よって、インフレ・景気リスクが顕在化した場合にアウトパフォームすることが予想され、現環境下でもプラスのリターンが期待される選択肢を検討することを勧める。

まず、不確実性が高い状況を踏まえ、グローバル・ヘルスケアといったディフェンシブ・セクター等を組み入れ、ポートフォリオのヘッジを強化することを勧める。また、エネルギーとコモディティへのエクスポージャーも、ウクライナ危機が長期化した場合、あるいはロシア産エネルギーの供給が急減した場合に有効なヘッジ機能を発揮すると考えられる。さらにまた、インフレ高進と金利上昇の現局面を乗り切る戦略を検討することも勧める。例えば、米国シニアローンも有効であると考える。変動金利の特性を有しており、中央銀行の金融引き締め策に対して一定のプロテクション機能が期待できる。また金利上昇局面では、バリュー株はグロ-ス株に比べると割引率上昇の影響を受けにくいため、グロース株をアウトパフォームする傾向がみられる。

一方、我々は景気が停滞するとはみていないことから、直近のボラティリティ(変動率)局面は、長期成長が見込めるセクターへの魅力的な投資タイミングと捉えることができる。現在、一部の大きく売られた銘柄や、5G(第5世代通信)、オートメーション、ロボティクス、スマートモビリティ、コト消費などのテーマ領域で長期的な投資価値が生み出されている。また、中国株式への戦略的(長期的)資産配分が低い投資家にとっても、割安で、過度に売られ、年末までに騰勢が強まると見込まれる市場に分散投資する好機であると考える。

また、セキュリティの時代に向けたポジションを組み入れることも有効と考える。ロシアのウクライナ侵攻を受けて、政府や企業は効率性や価格よりも危機管理と安全保障を重視する姿勢を強めると予想される。特にエネルギー、食料、データ、気候といった分野が注目されよう。例えば、欧州など多くの国がエネルギー安全保障を重要政策課題として位置付け、供給の分散化・多様化を進め、国外へのエネルギー依存の低下を図っている。エネルギーの安全保障はネット・ゼロカーボン社会への移行目標とも整合する。再生可能エネルギーは自国生産が可能であるからだ。こうした潮流は、グリーン・エネルギーや省エネ技術企業の追い風になるとみている。

ウクライナ侵攻後の食品価格の上昇により、農業の生産性向上も長期的な課題として強く認識されている。ロシアとウクライナはともに世界有数の農業国であり、小麦はそれぞれ世界最大と第5位の輸出国である。農産物の供給寸断懸念が高まったことから、収量の向上など農業生産の国内回帰への投資、さらには垂直農法、種子科学、水利用の効率化といった食料革命に関連する銘柄への投資も拡大すると考える。

今般のウクライナ危機では物理的な戦争のみならずサイバー戦争の脅威も強まったことから、サイバーセキュリティへの投資・支出も今後拡大が予想される。米調査会社ガートナーは、2021年から2025年にかけてサイバーセキュリティへの支出は年平均10%で成長すると予想している。だが、最近の地政学的情勢を踏まえると、これでも保守的な数字になりつつあると考える。

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本稿は、UBS Switzerland AG、UBS AG London Branch および UBS Financial Services Inc.が作成した“Investment strategy insights: CIO tutorial: What is stagflation and should investors be worried?”(2022年4月4日付)を翻訳・編集した日本語版として2022年4月14日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
Paul Donovan

UBSウェルス・マネジメント
グローバル・チーフ・エコノミスト

Paul Donovan

さらに詳しく

1992年にUBSインベストメント・バンクに入社、グローバル・エコノミストを務める。2016年8月にウェルス・マネジメントに異動。現在、グローバル・チーフ・エコノミストとして世界経済の分析とUBSの見解の策定・統括を担う。グローバル・インベストメント・コミッティのメンバー。

英オックスフォード大学にて哲学、政治、経済学の修士号を、ロンドン大学で金融経済学の修士号を取得。オックスフォード大セント・アンズ・カレッジの上席研究員。ドノバンの見解は多くの金融メディアでたびたび取り上げられており、著書も多数。

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