日本経済

賃上げが物価上昇と金融政策正常化のカギ

近く始まる労使間の賃金交渉(春闘)は、2022年後半から2023年前半にかけての賃上げの方向性、ひいては消費者物価指数や日銀の金融政策の方向性を占う指標となる。

  • 近く始まる労使間の賃金交渉(春闘)は、2022年後半から2023年前半にかけての賃上げの方向性を占う指標となるものであり、ひいては消費者物価指数(CPI)の上昇率や日銀の金融政策の方向性を占う材料ともなる。
  • 春闘の賃上げ率は、昨年の前年比+1.86%から今年は+2.0~+2.3%へ上昇すると予想する。これは、従業員1人当たり賃金伸び率の前年比約+1.0% (現在:-0.2%)、コアCPI上昇率+1.0~+1.5%との予想と平仄が合うものだ。
  • 我々のCPI上昇率および米国10年国債利回り予想に基づくと、日銀は2022年を通して10年国債利回りを0.25%以下に維持することができると考える。但し、2022年後半にはイールドカーブ・コントロールの調整に伴い上振れリスクが生じるだろう。

1月の全国消費者物価指数(CPI)の総合指数は前年同月比で+0.5%と、前月の伸び率から0.3%ポイント低下した。これは主に12月までプラスに寄与していた政府のGoToトラベルキャンペーンの反動による押し上げ効果が剥落したためである。しかし、足元の携帯電話料金の値下げによる押し下げ効果を除くと、総合指数の前年同月比上昇率は+1.7%となる。この携帯電話料金の値下げによる押し下げ効果は2022年4月までに大半が消失する。市場では、インフレ高進を受け日銀が予想よりも早期に金融政策の正常化に動くとの思惑が生じ始めている。我々は、市場が2022年後半の日銀の金融政策正常化を織り込むのは時期尚早と考える。エネルギー価格の高騰を除くとCPIの伸びは低水準にとどまると思われるからだ。実際、1月の前年同月比上昇率+1.7%のうち、約1.2%ポイントをエネルギー要因が占めている(図表1参照)。

エネルギー価格高騰による前年同月比の上昇寄与は2月または3月にピークを迎えるとみている。その後は経済再開と賃上げがコア・インフレの伸び率を左右する要因となるだろう。こうした観点から、近く始まる労使間の賃上げ交渉(春闘)は2022年後半から2023年前半にかけての賃上げ率の方向性を占う指標となるものであり、ひいては、CPI上昇率と日銀の金融政策の方向性を占う材料ともなる。実際、日銀の黒田総裁は、賃金が上昇しなければ、素材価格やエネルギー価格の上昇によるインフレ率の高進は一時的なものにとどまるだろうと1月に述べている。

春闘は、次年度の賃上げや労働条件を決める労使間の交渉である。現在、労働組合に所属する従業員の割合は約17%と低いが、交渉結果は幅広い産業の賃上げ率に影響を及ぼす。多くの企業は交渉結果を3月16日に発表し、80%の企業が3月中に交渉を終える。

2022年は企業業績の大幅な反発が予想されることから、春闘の賃上げ率は2021年の前年比+1.86%から今年は+2.0~+2.3%に上昇すると予想する。これは、従業員1人当たり名目賃金伸び率の前年比約+1.0% (現在:-0.2%)の予想と平仄が合うものだ(図表2参照)。春闘の交渉結果による賃金上昇効果もあり、CPI総合指数の前年比上昇率は、2022年後半にエネルギー要因の影響が剥落した後も+1.0~+1.5%まで押し上げられるとみている。12月の日銀短観では、全産業・全規模合計の経常利益は2020年度(2021年3月決算)の前年比-20.1%に対して、2021年度(2022年3月決算)は同+28%と大きく反発することが見込まれている。長引く供給不足、新型コロナウイルスの感染状況、世界的な利上げの影響に対する懸念は残るものの、企業業績の力強い反発により今年の春闘の賃上げ率は前年比+2.0~+2.3%に回復すると予想する。

岸田総理大臣は3%の賃上げを実現するため、2022年度予算で賃上げ促進税制を拡充した。企業の約60%が法人税の発生しない赤字企業であることから、多くの企業は賃上げ促進税制を利用しないかもしれないが、経団連は、業績が好調な企業は今年賃上げを行うであろうと述べている。国内シンクタンクの調査によると、71.6%の企業が賃上げを予定していると回答しており、2021年の70.4%、2020年の57.6%から上昇している。

だが、インフレ目標2%の達成に足る賃上げの実現は極めて難しいとみている。労働基準法により従業員を容易に解雇できないことから、企業、特に労働集約型の非製造業は、一般に賃上げに慎重である。2014年頃からの深刻な人手不足にもかかわらず、企業は十分な賃上げを行ってこなかった(図表3参照)。また、医療・看護の分野では、賃金や価格の大半が政府の規制によって管理されている。さらに、小売サービスでは、多くの企業が市場で価格競争力を失うことを恐れて賃金や価格の引き上げを控えている。以上の理由により、人手不足が深刻化しているにもかかわらず賃上げは進んでいない。このように構造的、文化的な環境が企業の賃上げを阻んでいる。

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本稿は、UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社が作成した“Japanese economy: Japan’s wage negotiations: Key to CPI and BoJ policy normalization in 2H22”(2022年2月22日付)を翻訳・編集した日本語版として2022年2月28日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
青木 大樹

UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス 日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト

青木 大樹

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2016年11月にUBS証券株式会社ウェルス・マネジメント本部チーフ・インベストメント・オフィス日本地域CIOに就任(UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社の営業開始に伴い2021年8月に同社に移籍)。以来、日本に関する投資調査(マクロ経済、為替、債券等)及びハウスビューの顧客コミュニケーションを担当。2010年8月、エコノミストとしてUBS証券会社に入社後、経済調査、外国為替を担当。インベストメント・バンクでは、日本経済担当エコノミストとして、インスティテューショナル・インベスター誌による「オールジャパン・リサーチチーム」調査で外資系1位(2016年、2年連続)に選出。
また、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」やBSテレ東「日経モーニングプラス」など、各メディアにコメンテーターとして出演。著書に「アベノミクスの真価」(共著、中央経済社、2018年)など。UBS入社以前は、内閣府にて政策企画・経済調査に携わり、2006-2007年の第一次安倍政権時には、政権の中核にて「骨太の方針」の策定を担当。2005年、ブラウン大学大学院 (米国ロードアイランド) にて経済学博士課程単位取得(ABD)。

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