日本経済

日銀はタカ派転換に追随するか

日本銀行は1月18日の金融政策決定会合で金融政策に対するハト派の姿勢を維持した。

  • 日本銀行は1月18日の金融政策決定会合で金融政策に対するハト派の姿勢を維持した。予想通り、消費者物価指数(生鮮食品を除くコアCPI)見通しを上方修正したものの、さほど厳しいインフレ高進は予想していない模様だ。
  • 我々の基本シナリオでは、日銀は2022年は金融緩和の基本方針を変更しないものの、バランスシートの拡大は停止すると想定している。日本のインフレ率は、エネルギー価格の高騰が落ち着くのに伴い、年末に向けて1%から1.5%の間で安定推移するだろう。
  • 一方で、2022年後半にコアCPI上昇率が1.5%を超える水準で高止まりした場合は、10年国債利回り目標を現在の0%から引き上げるか、利回り目標の対象とする国債を10年国債から5年国債へと変更してイールドカーブ・コントロールを調整するだろう。

118日の金融政策決定会合について

日本銀行は1月18日の金融政策決定会合で、金融政策の基本方針を据え置くことを決定した。イールドカーブ・コントロール(短期金利を -0.1%、10年国債利回りを0%程度に維持する)は、日銀のインフレ目標2%の達成に向け維持、資産購入については、上場投資信託(ETF)および不動産投資信託(J-REIT)の年間購入額の上限を、それぞれ12兆円、1,800億円に維持した。

一方、日銀は四半期で公表する「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」で、2022年度(2023年3月期)コアCPIの見通しを+0.9%から+1.1%に上方修正した。にもかかわらず、2023年度も目標水準の2%を大幅に下回ると予想している(図表1参照)。また展望リポートによると、日銀のインフレ見通しのリスク評価については上下に概ねバランスしていると上方修正した。なお前回のリポート(昨年10月)では、下振れリスクのほうが大きいとされていた。

記者会見における黒田総裁のトーンは全体的にハト派(緩和的)だった。賃金が上昇しなければ足元のインフレ率の上昇は一時的なものとなるため、現段階で利上げと金融緩和政策からの出口政策について議論するのは時期尚早だと指摘した。さらに、現在の円安については日本経済にとって悪いことではないと述べた。このように、日銀は金融政策決定会合でも黒田総裁の記者会見でもハト派姿勢を維持した。

基本シナリオ:利上げの可能性は低い

我々の基本シナリオでは、日銀は金融緩和の基本方針を2022年中は変更しないと考えている。エネルギー価格の上昇を受けて、日本には強い物価上昇圧力が生じている。携帯電話料金の値下げによる一時的な影響を除くと、全国のコアCPI上昇率は2.0%に達していたと見込まれ、その半分以上を占めるのがエネルギー関連品目だった(図表2参照)。2022年には、日銀が米連邦準備理事会(FRB)、欧州中央銀行(ECB)などに続いて今後どこかの時点でタカ派に転じ、金融政策の枠組みを調整しかねないという臆測が続くかもしれない。しかし我々は、日銀は次に述べるいくつかの理由から現状の政策スタンスを維持するとみている。

第1に、日本のインフレ率は2022年半ばまでに年率1.5%前後に達するものの、その後はエネルギー価格の高騰が沈静化するのに伴い、年末にかけて1%~1.5%の間の水準に落ち着く可能性が高いと我々は予想する(図表2参照)。原油価格は3月頃にピークを迎えるだろう。実際、黒田日銀総裁は昨年12月20日の金融政策決定会合後の記者会見で、内需の強さに基づく足元のインフレ率の実力は0.5%程度であり、2%目標の達成にはかなりの時間がかかると述べている。我々のインフレ予想によると、日銀がタカ派に転じるのは時期尚早だ。

市場には、2%のインフレ目標は達成できないにしても、日銀は出口戦略を模索するとの見方がある。実際に、日銀はインフレ率が2%に達しなくても政策金利を引き上げる可能性があり、金融政策正常化の出口戦略をすでに模索していると報じたメディアもある。だが、日銀が2%目標の達成前に政策の基本方針を柔軟に調整するにしても、2022年の賃金上昇と需給ギャップの縮小を背景とする、内需主導型のインフレ率の持続的上昇を待ってからとなるだろう(図表3参照)。

さらに、円安が輸出入企業にとって管理できるペースである限りは、日銀は今後も円安に理解を示す可能性が高い。円安になれば米ドルベースでの輸出価格が低下するため輸出業者は恩恵を受けるが、急激な円安は、少なくとも短期的には、輸入価格の急騰という悪影響を招きかねない。円安が穏やかなペースで進めば、輸入価格が大きな悪影響を受けることなく、日本経済はその恩恵を受けると思われる。

2015年にドル高円安が急激に進み、ドル円が120円を超えて円の実効レートが歴史的低水準をつけた際には、黒田総裁はかなりの円安となったと指摘した。この発言を受けて、その後は一定の円高が進んだ。当時は大企業が業績予想のベースとするドル円の想定為替レートと実際のドル円レートの差が1米ドル当たり10~15円まで開いていた(図表4参照)。輸出企業にとって、事業計画の中でドル円の想定レートをスムーズに調整できるペースであることが重要である。

それでも日銀が2022年にハト派色を弱める可能性はある

日銀が2022年に金融政策の基本方針を変更するとは見ていないが、市場は量的緩和策については金融緩和姿勢の後退を織り込むかもしれない。実際、日銀は2016年以降、国債の年間購入目標を縮小してきた。2016年8月の年間ペース約80兆円から、2021年12月には同14兆円まで減額している(図表5参照)。そしてETF/J-REITも以前ほどには購入していない。ETF/J-REIT保有の年間増加額は、2019年のそれぞれ4.7兆円/499億円から2020年には7兆円/977億円へと増加したのに対し、2021年にはわずか1兆円/39億円しか増加しなかった。

日銀のバランスシート拡大は新型コロナ禍で急速に拡大したが、ここに来て勢いが止まったように見える(図表6参照)。そして、2022年度(2023年3月期)には国債の新規発行が10兆円程度減少する見込みであるため、日銀のバランスシートにおける国債の保有残高はさらに減少するかもしれない。

日銀は直近の政策声明の中で、コアCPI上昇率が2%を超え、これが安定的に持続するまで資金供給(マネタリーベース)の拡大を継続すると述べた。マネタリーベースの伸びが減速した場合は、日銀が以前ほどハト派的でなくなったことを示唆する可能性がある。

リスクシナリオ:イールドカーブ・コントロールを調整する可能性も

2%のインフレ目標を達成しなくても、日銀は10年国債利回り目標を現行の0%から引き上げるか、利回り目標の対象とする国債を10年国債から5年国債へ変更してイールドカーブ・コントロールを調整する可能性はある。2022年後半に、エネルギー価格高騰の影響がなくなった後であってもコアCPI上昇率が1.5%を超える水準で高止まりした場合には、この種の調整を行うかもしれない。一方で、短期の政策金利を -0.1%から引き上げることは考えにくい。さらに、輸出入企業が事業計画で管理できないほど急激に円が下落した場合には、日銀は政策の基本方針を調整するかもしれない。また、日銀は超平坦なイールドカーブを回避したい意向もある。経済正常化の進展を背景とする力強いインフレ状況の下では、金融セクターの収益に打撃が及ぶことがあるからだ。

さらに、2023年4月末に任期満了を迎える黒田総裁の後任人事も2022年後半の市場に影響を与えよう。人事が国会で承認されるには、2022年後半か2023年初めまでに後任候補を提案する必要がある。金融政策に対する岸田総理のスタンスはアベノミクスほどハト派ではないため、政府は政策の基本方針を調整する、あるいは出口戦略を早める方針の人物を指名するリスクはあろう。岸田総理には円安トレンドを維持したいとの動機もかいま見られるため、このシナリオの可能性は低いと考えているが、とりわけ7月に実施される参議院選挙の後には人事動向を注視する必要があるだろう。

市場への影響

基本シナリオでは、短期金利を-0.1%、10年国債利回りの誘導目標を0%程度とするイールドカーブ・コントロールが継続することを前提に、10年国債利回りは2022年中は低水準(0~0.2%)にとどまるとみている。しかし、2022年後半にインフレ率が比較的高い水準に高止まった場合には利回りの上振れリスクも考えられる。その場合、日銀は10年国債の利回り目標を20~50ベーシスポイント(bp)引き上げる可能性があるだろう。

円については、日銀のバランスシートがさらに大幅に拡大する可能性は低いものの、低い債券利回りと日銀による日本国債の大量保有が円安を支えよう。

日本株式については、日銀はもはやETF/J-REITの積極的な買い入れは行っていないものの、経済活動の正常化と魅力的なバリュエーションが2022年の日本株式市場を支えるだろう。日本株式については、1)日本の正常化に備える、2)グリーンテックへの投資機会、3)サステナブル投資の浸透、の3つのテーマに注目している。

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本稿は、UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社が作成した“Japanese economy: Will the BoJ turn hawkish and follow the Fed and the ECB”(2022年1月18日付)を翻訳・編集した日本語版として2022年1月21日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
青木 大樹

UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス 日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト

青木 大樹

さらに詳しく

2016年11月にUBS証券株式会社ウェルス・マネジメント本部チーフ・インベストメント・オフィス日本地域CIOに就任(UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社の営業開始に伴い2021年8月に同社に移籍)。以来、日本に関する投資調査(マクロ経済、為替、債券等)及びハウスビューの顧客コミュニケーションを担当。2010年8月、エコノミストとしてUBS証券会社に入社後、経済調査、外国為替を担当。インベストメント・バンクでは、日本経済担当エコノミストとして、インスティテューショナル・インベスター誌による「オールジャパン・リサーチチーム」調査で外資系1位(2016年、2年連続)に選出。
また、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」やBSテレ東「日経モーニングプラス」など、各メディアにコメンテーターとして出演。著書に「アベノミクスの真価」(共著、中央経済社、2018年)など。UBS入社以前は、内閣府にて政策企画・経済調査に携わり、2006-2007年の第一次安倍政権時には、政権の中核にて「骨太の方針」の策定を担当。2005年、ブラウン大学大学院 (米国ロードアイランド) にて経済学博士課程単位取得(ABD)。

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