House View Weekly
気候変動対策は米中の対立にも揺るがず
中国の王毅外相は先週、訪中したケリー米国気候問題担当大統領特使と会談し、米国との関係が悪化すれば気候変動に向けた両国の協力に悪影響が及ぶ恐れがあると警告した。
2021.09.06
今週の要点
波はあるも、世界経済は好調
米国では8月の雇用者数の増加が7カ月間で最低の水準にとどまり、中国ではサービス業が縮小に転じるなど、先週発表された米中の経済統計は市場の予想を下回る内容となった。その一方で、ユーロ圏の8月のインフレ率は10年ぶりの高水準に達した。このように波はあるものの、世界経済の回復は順調に進んでおり、各国中央銀行がインフレ率の上昇に過剰に反応することはないと我々はみている。第1に、経済の正常化と再開が一段と進行しているためだ。ワクチン接種が世界中で加速しており、欧州連合(EU)の報告によると、域内成人の70%が2回のワクチン接種を終えている。さらに、世界の新規感染者増加率は先週は0.1%に減速し、このままいけば減少に転じるとみられる。また、8月の米ISM製造業景況感指数が市場予想に反して上昇するなど、明るい材料も見られた。金融緩和も続いており、中国人民銀行は先週、中小企業への融資促進に向けて、市中銀行に対し3,000億人民元規模の低利資金供給を行うことを発表した。一方、米連邦準備理事会(FRB)は早ければ年内にも債券購入規模の縮小を開始する方針だが、利上げについては急がないとしている。
要点:新型コロナ後の経済再開が進むことから、2021年の米国の経済成長率については6.5%、中国については8.2%を予想している。
株式市場の上昇と最高値更新は市場からの撤退理由とはならず
株式市場は長期にわたり上昇基調を辿っており、先週は1.3%上昇した。MSCIオール・カントリー・ワールド指数は7カ月連続で上昇し、史上最高値で8月末を迎えた。S&P500種株価指数は8月は3%上昇し、3カ月連続で上昇率が2%を上回った。こうした状況に、相場が持続不可能な水準にまで上昇したと懸念する声も聞かれる。しかし、我々は株価には一段の上昇余地があるとみている。過去を振り返ると、上昇基調や史上最高値の更新は必ずしも株価がピークを打ったことを示唆してはいない。1990年まで遡ってみると、S&P500が3カ月連続で2%以上上昇した後のリターンは、その後6カ月間が平均で8%、12カ月間が平均で17%だった。意外だが、株式市場は史上最高値を更新した後も、平均をやや上回る水準で推移しているのである。1960年代まで遡って分析すると、株価は最高値を更新した後も、その後12カ月でさらに平均11.7%上昇している。一方、最高値を下回る水準からの12カ月間の上昇率は、平均11.3%だった。景気刺激策と堅調な企業利益見通し、ワクチン接種の普及などを勘案すると、世界の株式は来年6月までにさらに8%程度上昇の余地があると予想している。
要点:株式市場は一段の上昇余地があるとみるが、ポートフォリオのリスク水準が高い場合は、ヘッジファンドや選別されたディフェンシブ銘柄への分散投資などを検討してもよいだろう。
菅総理の不出馬で日本株式に一段の上昇余地
国家首脳の予期せぬ交代は市場にとってリスクになることが多い。しかし、菅総理大臣が自由民主党の総裁選への不出馬を表明すると、政局が安定し、また新総理が追加の財政刺激策を投入するとの思惑から、TOPIX(東証株価指数)は30年ぶりの高値に上昇した。日本株の一段の上昇を予想する理由は他にもあり、我々は引き続き日本株式を推奨している。日本では11月までに全人口の約70%がワクチン接種を終える見通しであり、移動制限が緩和される確率が高い。事実、調査によると日本は米国や欧州の一部の国よりワクチン接種に前向きな人が多い(7月末時点でワクチン接種を希望しない人の割合は、日本では13%、対して米国は29%、フランスは24%)。また、日本企業は世界経済の回復の恩恵を受けやすい。これはMSCI日本指数の企業売上の40%超を海外売上が占めていることからもわかるとおりだ。にもかかわらず、日本株式市場は出遅れており、世界株式が年初来で15.4%、S&P500が20.6%上昇しているのに対し、TOPIXは11.7%の上昇にとどまっている。
要点:引き続き日本株式のさらなる上昇を予想しており、グローバル・ポートフォリオにおいて日本株式を推奨している。日本株式のバリュエーションは、他の先進国株式市場と比べて過熱感は低いようだ。
深読み
気候変動対策は米中の対立にも揺るがず
中国の王毅外相は先週、訪中したケリー米国気候問題担当大統領特使と会談し、米国との関係が悪化すれば気候変動に向けた両国の協力に悪影響が及ぶ恐れがあると警告した。外相は「気候に関する中米の協力を中米全体の情勢から切り離すことは不可能である」と指摘した。一方、ケリー氏は中国に対し、「二酸化炭素排出に向けた追加策」を要請し、「さらにできることがある」と発言した。これまでのところ、特使の訪中をきっかけに目新しい気候変動対策は発表されていない。
しかし、二酸化炭素の二大排出国である米中間の協調態勢に現時点で進展がみられなくても、我々は、気候変動対策は今後加速するとの楽観的な見通しを維持している。
- 気候変動に関する重要な合意は、11月にグラスゴーで開催されるCOP26まで持ち越させる可能性が高い。 11月上旬の国連気候変動枠組み条約締結国会議(COP26)は、各国が排出削減に向けた計画を更新し、環境政策を議論する場として、パリ協定と同様に非常に重要な意義を持つ。排出削減に向けた最新の行動計画を作成した国は、檜舞台で発表できる日を待ち望んでいるだろう。逆に、二酸化炭素排出大国が新たな削減計画を提出せずに会議に出席するようなことがあれば、予想外の事態となる。ケリー特使のアジア訪問は、事前に二国間合意にこぎつけるよりも、COP26に向けた協定の具体策の交渉が目的だった可能性が高い。中国政府も二酸化炭素(CO2)排出抑制に向けて対策を押し進めている。習近平国家主席はCO2排出量を2030年までにピークアウトさせ、2060年までにカーボンニュートラル(CO2排出実質ゼロ)の実現を目指すと宣言した。浙江省で行われる「共同富裕」の先行試験は格差是正が重点政策ではあるが、環境関連の要素も含まれている。プロジェクトには順守監視システムのほか、大気汚染、エネルギー、水資源、二酸化炭素排出など様々な環境関連の権利を取引する市場の創設が含まれる。この戦略は、浙江省の各種排出目標を定めた二酸化炭素排出のピークアウトプランの枠組みも設定している。
- 民間部門の投資が世界的に加速している。 政府による新規支援が限られている反面、昨年、米国では風力発電容量が17,000メガワット増設され、再生可能エネルギーが米国の新規発電能力の80%を占めるまでに至っている。国際エネルギー機関(IEA)が発表した最新の市場調査報告によると、世界全体で2020年に増設された再生可能発電能力は前年比45%増の280ギガワットに達し、前年比増加率は1999年以降で最大となった。再生可能エネルギー事業におけるファイナンスに民間資金が大きな役割を果たすようになってきている。世界持続可能投資連合(GSIA)の8月のレポートによると、世界のサステナブル投資額は35兆米ドルを上回り、機関投資家の運用資産に占める比率は36%となった。
- 消費者の嗜好も企業の低炭素製品・サービスへのシフトを促している。 気候変動懸念の高まりがクリーンな輸送手段への需要拡大を後押ししている。中国が電気自動車(EV)購入の補助金を段階的に廃止していることが示すように、収益性が向上すれば、補助金が交付されなくても、環境配慮型製品が炭素集約型に代替することが可能になる。IEAによると、2020年は世界のEV新車販売が317万台に上り、2015年の682,845台の5倍近くに達した。我々は先ごろ、世界の電動車販売予想を修正し、2025年には新車販売全体の25%、2030年には60~70%を占めると予想している。消費者の間で環境や持続可能性への意識が高まっていることを受け、世界の温室効果ガス排出の約4分の1を占める食料生産でも技術革新が進んでいる。なかでも、植物由来の代替肉が急成長している。
こうした背景から、COP26のサミットを今年11月に控える中、官民両セクターによる二酸化炭素排出削減への取り組みはさらに進展すると考える。脱炭素化の動きはすでに世界的な潮流となっており、米中の対立によっても頓挫することはないだろう。当面は、グリーンテック企業に供給する部品メーカー、およびグリーンテックを支えるイネーブリング技術の分野に大きな機会があると考える。