チーフ・エコノミスト コメント

インフレと「ケチャップ瓶効果」

企業の在庫は、今後12 カ月のインフレ動向を見通す上で重要な要素になる。何らかのきっかけでボトルネックが取り除かれると供給が急拡大する「ケチャップ瓶効果」が表れる可能性もある。

  • 企業が倉庫や保管庫に置いている在庫は、今後12カ月のインフレ動向を見通す上で重要な要素になる。
  • 今年前半は小売企業の在庫が少なかったことから、夏商戦での値引きが減った。余剰在庫がないため、企業は値引きを行う必要がなかった。小売企業の在庫が正常な水準に戻れば、季節商戦での値引きも復活するだろう。これにより物価上昇要因の1つがなくなり、2022年のインフレ率は、前年との比較によるベース効果で低下すると見込む。
  • 「ケチャップ瓶効果」が表れる可能性もある。供給は、細くなった首元(ボトルネック)で詰まって流れが滞っているものの、何らかのきっかけでボトルネックが取り除かれると急拡大する。
  • つまり、サプライチェーンの小さな1箇所の目詰まりが解消すれば、滞っていた供給が川下の製品に向かって一気に流れ出し、需給バランスが改善することでインフレ上昇圧力が弱まると考えられる。

経済学の世界では、目に見えない所で起きていることの方が本来的には重要であることが多い。世界経済が一段と複雑化する中、投資家は目に見えるもの、単純なものに目を向けがちである。しかし、問題の本質は多くの場合、物事の裏側にある。

目に見えないながらも経済的に常に重要な領域の1つが「在庫」である。企業は顧客の需要が増加しても在庫でまかない迅速に対応できるよう、一定の在庫を倉庫や保管庫に置いている。在庫は経済学的にもかなり退屈なテーマと思われる。しかし、世界のサプライチェーンが寸断され、消費者の行動パターンが大きく変わる昨今、在庫の重要性が高まっている。特に、物価を考える上で考慮すべき重要な要素の1つと言えよう。

夏のバーゲン・セールがなかった

季節性が強い、あるいはファッション・トレンドの影響が大きい商品の在庫は、1年のうち特定の期間、物価を押し下げる場合がある。小売企業は季節や流行が変わると既存の商品を新しい商品に入れ替える必要がある。そのため、季節性が強い商品の在庫は、値引きやセールを行い一掃される。在庫を吐き出すために夏・冬にバーゲン・セールが行われる衣料品は良い例である。

パンデミックの影響で、小売企業の在庫は総じて減少した。2020年前半はロックダウン規制が敷かれていたことから、小売企業は衣料品の大量発注を手控えた。今年年初は、米国、英国、ドイツなど欧米主要国で衣料品の輸入が例年に比べて大幅に減少し、在庫が積み上げられることはなかった。米小売企業の衣料品の在庫金額は、2021年5月に約8年ぶりの水準まで低下した。このため、小売企業は夏のセール時期が到来しても、在庫解消のための値引きを行う必要がなかった。

通常、衣料品のような商品は夏にバーゲンが行われることから、毎年6月に価格が下落する。だが、今年は、図表1で示されているように、衣料品などの価格が夏のセール時期になっても下がらなかった。

例年とは異なり不要在庫がなかったことから、初夏にはインフレ率が上向いた。しかし、衣料品などの商品は、今後、ディスインフレ(低インフレ)の要因になるとみている。経済が正常化に向かうと、在庫も通常の水準に戻るものと見込まれる。バーゲン・セールでの値引きが例年通り行われ、これが物価を押し下げる方向に働くと考える。また、来年の物価上昇率(前年同月比)は、夏商戦の復活が予想される2022年と夏商戦が行われなかった2021年の比較に基づいて算出されるため、当該セクターでデフレが生じるとみている。

ケチャップ瓶効果によるディスインフレ

在庫の夏商戦への影響は、特定の財・サービスの物価に対して押し下げ効果を及ぼすことが見込まれる。だがそれよりもさらに大きな影響をもたらし得るのが「ケチャップ瓶効果」だ。

年配のエコノミストはケチャップが瓶詰めで売られていた頃を覚えているだろう。どろっとしたケチャップは瓶の首の部分で詰まってしまい、底を何度叩いても振ってもなかなか出てこない。だが、ある瞬間、急に大量に出て料理がケチャップだらけになる。

世界のサプライチェーンでも同じようなことが起きる可能性がある。長く複雑なサプライチェーンで1つの部品に供給不足や配送遅延の問題が発生すると、最終製品を完成させることができない。これがボトルネックだ。完成品に必要な他の部品は全て既に揃っていることから、1部品の問題が解消すれば、突然供給が急増し、市場に大きな影響が及び、インフレ圧力が低下する可能性がある。

ケチャップ瓶効果は、何らかの理由で供給が不足している部品が存在している場合にのみ生じる。これに対し、通常の需給不均衡の場合は、供給が将来急拡大する可能性は低い。

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本稿は、UBS AG London Branchが作成した“Chief economist’s comment: Will tomato ketchup kill inflation?”(2021年8月16日付)を翻訳・編集した日本語版として2021年8月25日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですのでご確認ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
Paul Donovan

UBSウェルス・マネジメント
グローバル・チーフ・エコノミスト

Paul Donovan

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1992年にUBSインベストメント・バンクに入社、グローバル・エコノミストを務める。2016年8月にウェルス・マネジメントに異動。現在、グローバル・チーフ・エコノミストとして世界経済の分析とUBSの見解の策定・統括を担う。グローバル・インベストメント・コミッティのメンバー。

英オックスフォード大学にて哲学、政治、経済学の修士号を、ロンドン大学で金融経済学の修士号を取得。オックスフォード大セント・アンズ・カレッジの上席研究員。ドノバンの見解は多くの金融メディアでたびたび取り上げられており、著書も多数。

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