日本経済
なぜ日本は低インフレが続くのか
日本は他国と同様、自動車部品の不足とエネルギー価格の上昇の打撃を受けている。にもかかわらず、2022年の消費者物価指数(CPI)は1.5%にさえ届かなさそうだ。
2021.11.30
- 日本は他国と同様、自動車部品の不足とエネルギー価格の上昇の打撃を受けている。にもかかわらず、2022年の消費者物価指数(CPI)は1.5%にさえ届かなさそうだ。
- マイナスのGDPギャップ、値上げに対する企業の慎重姿勢、賃上げを阻む労働規制、その他いくつかのテクニカル要因により、日本では今後も低インフレが続くと思われる。
- 低インフレ状況を受けて、日本銀行は2022年も年間を通じて最もハト派の中央銀行の一角にとどまりそうだ。10年国債利回りは0.1%近辺で推移し、円は弱含む状況が続くだろう。
多くの諸外国とは対照的に、日本では低インフレ率が続いている。その結果、日本国債市場は堅調に推移し、日本と他の先進諸国との金利差が拡大する中で、円安が進んでいる。生鮮食品を除いたコア消費者物価指数(CPI) の直近10月の前年同月比は+0.1%となっている。これは2020年12月の同-1.0%を上回るものの、なお日銀の目標である2%を大きく下回っている。
日本経済は、他国と同様、自動車部品の不足とエネルギー価格の上昇に大打撃を受けている。原油価格と消費者物価の間にはおよそ4~7カ月のタイムラグがあることを考慮すると、エネルギー価格の上昇がCPIに及ぼす影響は、2022年4~6月頃にピークに達する可能性が高い(図表1を参照)。にもかかわらず、2022年のCPIインフレ率は1.5%にさえ届かないかもしれない。本レポートでは、なぜ日本では低インフレ率が続くのかを考察する。
第1に、景気回復の遅れにより、日本のGDPギャップ(需給ギャップ)は大幅なマイナスになっている(図表2を参照)。つまり、日本では実際のGDP(総需要)が平均的な雇用と資本を活用した潜在力(供給力)に達していないのだ。4回目の緊急事態宣言に伴う国内の活動制限は大半が10月にようやく解除され、残りのほとんども11月下旬に解除された。新型コロナを原因とする東南アジア諸国における自動車部品の供給不足も、最近になって改善してきた。だが、鉱工業生産の自動車の生産指数は新型コロナ危機前の水準をなお31%下回っている。2022年の経済成長率は反発が予想されるものの、GDPギャップがプラスに転じるのは2022年末近くだろう。
第2に、GDPギャップが2022年末にプラスに転じたとしても、企業は販売価格の値上げには慎重姿勢を維持すると思われる。9月の日銀短観によると、企業は来年のCPI上昇率をわずか0.7%、3年後を1.0%、5年後を1.1%と予想している。つまり、6月の短観に比べて若干上昇したにすぎない。これは、仕入価格(コスト)が販売価格に及ぼす影響が低いことを反映したものと思われる。日銀短観から2000年以降の仕入価格と販売価格の関係を見ると(図表3を参照)、2013年にアベノミクスが始まって以降は高まっているものの(仕入価格の上昇は販売価格の上昇を示唆)、影響は依然として現在も低い。エネルギーや素材など一部のコストが上昇しているにもかかわらず、企業は自社の販売価格にそれを十分に反映していない。
第3に、日本では労働規制が厳しく企業が従業員を解雇しにくいため、特にサービス・セクターのような労働集約型産業では、賃上げは頻繁には行われない。賃上げは企業のコスト負担を増すことになるからだ。日本企業は新型コロナ危機以前から、人口の高齢化と財からサービスへの消費シフトによる労働力不足に悩まされてきたが、賃金は大幅には上昇しなかった。賃金を引き上げたくないという意思が、今後も販売価格の値上げ圧力を緩和するだろう。
これらとは別に、いくつかのテクニカル要因もCPI上昇率に影響を及ぼしている(図表4を参照)。2021年4月以降、政府方針に従って携帯通信料金が引き下げられた影響で、前年比のCPIインフレ率は1~1.5%ポイント低下した。この伸び率に対する影響は2022年3月までが最も大きいが、その後も長引く可能性がある。さらに、政府が2022年1月に「Go To トラベル」キャンペーンを再開した場合には、さらに0.4ポイント程度の物価押し下げ圧力がかかるだろう。図表4に示すように、「Go To トラベル」キャンペーンの結果、CPIインフレ率は2020年8月から12月にかけておよそ0.5ポイント下がったからだ。
以上の要素をすべて考慮に入れると、2022年半ば頃のコアCPIインフレ率はせいぜい1~1.5%で、その後はエネルギー価格の安定を受けて低下すると予想する(図表5を参照)。低インフレ状況を受けて、日本銀行は2022年も年間を通じて最もハト派の中央銀行の一角にとどまりそうだ。10年国債利回りは0.1%近辺で推移し、日本と他の先進国との金利差の拡大を反映して円安が続く可能性が高い。
UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス 日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト
青木 大樹
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2016年11月にUBS証券株式会社ウェルス・マネジメント本部チーフ・インベストメント・オフィス日本地域CIOに就任(UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社の営業開始に伴い2021年8月に同社に移籍)。以来、日本に関する投資調査(マクロ経済、為替、債券等)及びハウスビューの顧客コミュニケーションを担当。2010年8月、エコノミストとしてUBS証券会社に入社後、経済調査、外国為替を担当。インベストメント・バンクでは、日本経済担当エコノミストとして、インスティテューショナル・インベスター誌による「オールジャパン・リサーチチーム」調査で外資系1位(2016年、2年連続)に選出。
また、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」やBSテレ東「日経モーニングプラス」など、各メディアにコメンテーターとして出演。著書に「アベノミクスの真価」(共著、中央経済社、2018年)など。UBS入社以前は、内閣府にて政策企画・経済調査に携わり、2006-2007年の第一次安倍政権時には、政権の中核にて「骨太の方針」の策定を担当。2005年、ブラウン大学大学院 (米国ロードアイランド) にて経済学博士課程単位取得(ABD)。